51話 しなやかに強く存在できるの

【シアンの視点】



 上段の蹴りをリュカに浴びせたボクは、10m飛び下がり、間合いを取る。


リュカはその間合いを瞬時に詰める。


リュカは白銀の聖剣アクシオムを何度も振りおろしてきた。


ボクはそれを折れて半分の長さになった剣で、受ける。そのたびに、爆風が起こってボクたちの周りの人や物が吹き飛ばされた。


 一方でボクはリュカの剣戟の合間を縫って、魔法で瞬間移動し、蹴りや拳で応酬する。


墜世オーバークロックして女の子になったボクの身体はどこまでも速く、強い。


ボクの拳を浴びたリュカの身体がふきとび、岩やトネリコを吹きとばした。


 そしてボク達がぶつかり合うたびに、たがいの血が流れ、赤く空中を舞った。



 息を切らしたままサロメに叫ぶ。


「サロメ! ボクの聖剣タルタロスが折れた!」


 ボクの隣に20cmで浮かんだサロメは、腕組みして言う。


「知ってるわ。でも、安心して。シアン。……ガラスの聖剣は割れるたびに鋭さを増すのよ」


「どういうこと!?」


 なぜかサロメは、優しくほほえむ。


「……すぐにわかるわ。地獄が顕現するのよ」


 50m先で真鍮の翼で飛びあがったリュカの姿が、白い線になって消えた。


「!!」


 ほぼ同時に、僕の背後から風をかんじた。


 振りかえる。


リュカの鋭い眼光と、白い剣閃が見えた。


まずい!?


 防御しようにも身体の動きが間にあわない。


おもわず腕で自分を守ろうとした瞬間……高い金属音が激しく鳴った。


 黒いガラスの切片かけらと、リュカの白い剣閃がぶつかり合って眩しいほどの火の粉を散らした。


「!?」


 ……「黒いガラスの切片かけら」??


 ボクは状況が全く理解できない。


 しかしリュカは言う。


「なるほど……。ガラスの刃……。どうやらそれが、君の聖剣のありのままの姿なわけだね……」


 視界を回して周囲を確認すると……。


 ボクとリュカの間に、『黒い透明の壁』ができていた。


その黒い透明の壁は、ちいさな黒いガラスの破片が折り重なった、1mほどの鋭い三角形の壁だった。


 サロメが言う。


「さっきシアンが折った聖剣タルタロス切片かけらよ? それぞれは脆いガラスの切片かけらだけど……重なる事で割れながらでも、しなやかに強く存在できるの。——それが『ガラスの刃』の本当の強さよ」


 それを合図にしたかのように、黒ガラスの破片はバラバラに弾ける。


たくさんのガラスの割れた音が、あたりに響いた。


 黒い透明の切片かけらが光を乱反射させながら舞う。


そしてそれらはボクの手元の折れた剣に集まり、その形を次々に修復した。


驚きのあまり声が出なかった。


 思わず手に持った聖剣タルタロスを回して確認したけど、それは完全に元通りの方に戻っていた。


「よ、よく分からないけど……すごい!!」


 リュカは、真鍮の翼をはためかせる。


風と塵が、ボクの全身に叩き付けられる。


ボクは手に持っていた腕で、自分の身体を守った。


 周りを見渡すと僕たちが戦った後には何も無く、草原は灰ただ一色に覆われていた。


 そして、曇り空から漏れる太陽を背にしたリュカは、真鍮製の翼を広げる。


光はリュカの輪郭を通って、地面に落ちて、大きな影を落としていた。


『熾天』の名のとおりのリュカの威容に、気押された。


 リュカは白い聖剣を、右手で無造作に携えたまま言う。


「ならば次はわたしだ……。この白銀の刃を、公理として在らせる」


 そう言ったリュカは、天に向かってアクシオムを掲げる。


 その瞬間、アクシオムは真ん中から『分かれ』た。


その過程でそれは金属である事を失って、無機質な無数の『白い線エーテル』となる。


 そして『白い線エーテル』はリュカの目の前で大きな扇状に広がり、いったん静止した。


 張りつめた空気が、びりびりとボクの肌を刺す。


そして『白い線エーテル』は音も無く、目にも止まらないスピードで僕に襲い掛かってくる。


 ボクはその『白い線エーテル』に向かって突進する。


なぜか怖くは無かった。ただ腹の底から声が溢れ出た。


「おおおっ!!」


 ボクは割れる聖剣タルタロスで、無数の『白い線エーテル』を次々と切り裂く。


聖剣タルタロスの欠片が散るたびに、ボクの剣閃は鋭さを増していった。


 タルタロスの欠片とエーテルの欠片が混ざり合い、光を七色に切り裂いた。


ボクとリュカの間で、白と黒が空気よりも濃く、散り続けた。



【マリナの視点】



 シアンとリュカ様は、双方の身体と武器を切り刻みながら激突を繰りかえしていた。


そのたびに地面がえぐれ、草木が燃え上がり、ちりぢりになった。


 その様子は、竜巻や嵐などと同質かあるいはそれ以上の『聖なる災害』と言えた。


 私の第一魔導士強襲隊は、それから距離をはなしつつ神権軍に法撃をくわえ続ける。


神権軍の本隊は、依然として恐慌状態におちいっているようで明確な作戦は見えない。


 敵陣は分断され、乱れに乱れていた。


そしてその中で孤立した敵を、アンネリースたちが各個撃破していく。



 そのように混乱する前線の中で、私は広域結界を保ち、滑宙かっちゅうをつづけていた。


私の緑色の広域結界が、時速30kmほどで戦場を移動し続ける。


魔導回路は熱く、私の脳が悲鳴をあげているのが如実に分かった。


 戦火で照らされた夜の雲は、重く赤く光っていた。


 私が魔導機銃アサルトライフルの照準を覗いたとき、アルメーダ大佐からの伝想が入った。


「マリナ君……手短に言う。神権軍本隊を『誘因』してくれ。敵陣を伸びに伸ばすんだ。制限時間は『15分間』。それが……総司令部より与えられた君たちの目標だ」


 それを聞いた私は、とっさに自分のゾアライトを胸から引き上げた。


……私のゾアライトの8割がすでに赤黒く濁っていた。


 隊員全員を見渡す。


魔殻兵隊は敵と交戦していて、魔導士隊は制圧法撃を絶え間なく続けていた。その間を、工兵や魔導砲兵や衛生兵が行きかう。


アデルの広域結界は、いまだに最前線でフル稼働している。


 ……おそらく、我々は15分間このままでは、持ちこたえられない。


何か手を打たなければ最悪……アンネリースか私が……法爆オーバーロードしてしまう。


その時は、間違いなく我々の『地獄』だ。


 そう考えながら、私は震える手でゾアライトを胸の奥にしまった。荒れる息を、深呼吸でむりやり抑える。


 そして私は、伝想をつづける。


「……『15分間の敵の誘因』……了解しました……。『聖なる災害』についてはどのように対処いたしましょうか?」


 アルメーダ大佐とのこの伝想はノイズが多い。ときおり別の人の声が混ざっている。おそらく、総司令部から直接伝想をしてきているに違いない。


 彼はいつもよりも早口で言う。


「『聖なる災害』については維持してくれ。急編成された本隊の精鋭部隊が、現在そちらに向かっている。彼らは、『神権軍の補給路の分断のみ』を狙っている」


「『補給路の分断のみ』……つまり、反乱軍本隊は『聖なる災害』については放置するのですね? つまり『15分間の敵の誘因』というのは……『我々がリュカ様と神権軍本隊を釘付けにし続ける』……ということですね」


 アルメーダ大佐はすまなさそうに言う。


「君たちを生還させるためには、この作戦しか無かった。それが『撤退』では無く『誘因』という意味だ」


「いえ……。しかたがない事だとは思います。……『誘因』を果たさなければ我々は、この戦場から帰ることは出来ないと、私も考えていましたから」


「すまないと言ってもしかたが無いが……どうにか、生きて帰ってきて欲しい」


 実際のところ私は、アルメーダ大佐に伝想をした時点で半ば死を覚悟していた。


だから、この『作戦変更』は私たちが生還するための一筋の光と言えた。


 そしてそれは、アルメーダ大佐が自信の保身などを顧みず、総司令部に直接掛け合ったことが大きい。


私は彼のことを、どこか日和見的だとおもっていたが……そうでは無かったようだ。


彼については感謝しなければならない。


「いえ。アルメーダ大佐。できるかぎりのご厚情をいただいたと思っています」


「君がそう言ってくれるのなら、私も多少は報われる」


 冗談めかして言う。


「ちなみに……アルメーダ様は、降格でしょうか?」


 彼の声に少しの柔らかさが混じる。


「それについては、まだ通達は無い。できれば……降格では無く、昇格であればありがたいのだが……」


 その声から、彼の皮肉交じりの苦笑いが浮かんだ。


 私はさらに伝想を返す。


「昇格については私のこれからの働き次第ですね」


「……そうなるのか?」


「ええ。……いえ。もうしわけございません。私には分かりません」


「そうか。はは。マリナ君でも分からないか」


「ええ。さすがに……上層の動きを完全には理解できません。なにしろ私は、下級貴族ですから。ともかく……」


 私は戦場を見渡す。


 方々で煙が上がり、中央では『聖なる竜巻』が起こり……地獄の様相が続いている。


 しかし私は、彼に言う。


「ともかく……この場はお任せください。……アルメーダ様」


「……すまない……しかし、武運を……マリナ少佐」


「ありがとうございます。……アルメーダ様こそ。……それでは……」


 最後の祈りの言葉は、私とアルメーダ大佐の声が混ざり合った。


「「……穢れオドを排し、涅槃ナバヤに至らんことを……」」












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「忘れないで」と白い地獄の果てで彼女は言う。 —トキシックオーバークロック— えいとら @nagatora

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