50話 もはや災害規模の破壊に相当しているからです

【アルメーダ大佐の視点】



 マリナ君の伝想が私の脳内に響いた——


『……このことにより、敵本隊に甚大な被害が発生しました。おそらく敵が立ち直るまで、20分ほどの猶予があります。「これを機」にどうかご高配を……』


 ——そのマリナ君の報告を受けた私は、会議の場ではあまりに相応しくない言葉を叫ぶ。


「ちょっと待って下さい!!」


 その場の全員が驚いた顔をした。


 あたりまえだ。


『ちょっと待って下さい』なんて言葉を会議の場で聞いたことは、私だって無い。前代未聞だ。


アルサハル元帥が目を見開いても、仕方がないだろう。


もちろん、参謀長のベラドーナ中将も作戦部長のクロウバ少将も……同様に目を見開いていた。


 さらなる沈黙が、会議室に産まれていた。


強烈な緊張が私を縛る。


 しかし、戸惑っていてもしかたがない。


とにかく私は、マリナ君の情報を整理しながら話しはじめる。


「第一強襲隊の撤退が無理なことは、理解しました。その点に関しては……私の暴論であったと認めます。しかし……『神権軍を誘因する』……という意見なら、いかがでしょうか?」


 ベラドーナ中将が、セミロングの髪をかきあげて言う。


「『神権軍を誘因する』ですって? ……それはどういうことでしょうか?」


 私は思わず、手を握りしめていた。


 手の平に当たる軍服が、肌をざらりと撫でた。


「現在……シロサキ二等兵とリュカ様の激突により、神権軍の中枢にて混乱が発生しています。なぜなら、墜世ついせした聖者せいじゃ》どうしの激突が、もはや災害規模の破壊に相当しているからです。よって、現在の神権軍にはかなりの規模の被害が発生しております」


 それを聞いたクロウバ少将が「だが……」と言った。しかしそれを、アルサハル元帥が手で静止する。


クロウバ少将は続きの言葉を飲み込んだ。


 アルサハル元帥は、視線を私に固定したまま言う。


「続けろ……」


 私の冷汗がさらに増して、顎から喉まで伝った。


口の中が乾いて唾液すら出ないが、言葉を続ける。


「よって……今、混乱している敵の機を逃す手はございません。ここで、一気に神権軍を叩くのが反乱軍が『勝利』に向かう道かと……愚考します」


 顎に手を当てて、思考を重ねていたベラドーナ中将が私に質問する。


「現在の敵の損害規模は……?」


 答える。


「正確には把握はできていません。しかし……墜世したリュカ様の魔法の殲滅能力は、皆様も身をもってご理解されていると思います。彼は一人で一個大隊すら超える魔法を、行使可能です。よって……それと同等の戦力を有するシロサキ二等兵が、神権軍の中枢で激突したのですから……『災害規模』の破壊が起こってしかるべきだと、予想できます」


 方眼鏡かためがねを治したアルサハル元帥が、質問する。


「敵の現在の状況はおおむね理解した……。しかし、君が『神権軍を誘因する』と言った真意はなんだ?」


 情報と知識をまとめながら、私は答える。


「今現場では、敵の本隊の中心で空白地帯が発生していると予想されます。そしてその空白地帯では聖者同士の激突が起こっています。よって、神権軍は指揮系統が混乱状態……。その状態で、第一強襲隊は『一時的に退却を』行います。そうすれば……神権軍の陣は伸びに伸びることでしょう……」


 クロウバ少将がそれを補足する。


「なるほど……。異常事態に弱い神権軍本隊なら、そうなるだろうな……。つまり、アルメーダ大佐の言いたい事は……『神権軍の混乱に乗じて陣を伸ばし、露出した敵の補給路を断つ』……という事になるのか……?」


 実際のところ、私はそこまでは思考が及んでいなかった。なぜなら今の私は、話しながら現状の整理をすることだけで頭が一杯だったからだ。


しかし、渡りに船とは正にこのことだったので、クロウバ少将の意見に乗る事にする。


「はい。正にクロウバ少将のご意見のとおりです。……最終的に補給路を断つ……。それこそが、今の我々が『この戦場で勝利』するための必要条件かと、愚考しております」


 それを聞いた全員が、それぞれに考えを始めた。


私の冷汗はついに垂れて、軍服の肩を濡らす。


 今自分が言っていることは間違い無く『獣道』だった。その獣道がどこに通じるかすら分からない。おそらくその先は『神』ですら分からないだろう……。


今までの私が最も嫌っていた『責任』と『重圧』が、両肩にずしりと乗ってしまっていた。


 思考を続けるように顎を指に当てたベラドーナ中将が、ゆっくりと話しはじめる。


「……その、『窓』はいつまで空いていると、アルメーダ大佐は予想しますか?」


 突然の質問に、声が裏返った。


「え? 『窓』ですか……?」


 クロウバ少将が言う。


「ベラドーナ様が言う『窓』とは神権軍本隊の分断のことだ。つまり……『我々が敵の補給路を断つことができるのはいつまでが限界か?』という質問だ」


 私はマリナ君の報告を思い出しながら答える。


「ああ。なるほど。神権軍の分断ですか……。それについは、現場のマリナ・ブロワ少佐からの報告がありました。さきほどは……あと20分ほどが限界だと……。おそらく今なら17分というところでしょうが……」


 クロウバ少将の眼鏡の奥の目が、歪む。


「……17分……。我々の本隊は既に待機中だが、しかし現場までは間に合うかどうか、瀬戸際だな……」


 アルサハル元帥が白い髭から指を離して、質問する。


「その……マリナ・ブロワ少佐とは?」


 私の代わりにベラドーナ中将が答える。


「マリナ・ブロワとは……第一魔導士強襲隊の隊長です。作戦理解と柔軟な戦術展開に加え、半径200mの広域結界を行使可能な第一強襲隊のかなめです。軍内での二つ名はたしか……『絶対女帝の巫女』だったはず」


 アルサハル元帥は言う。


「『絶対女帝の巫女』……私も聞いたことがあるな……。たしか、巫女として4年間、前線に立ち続けた異才だとか……」


 元帥がそう言い終わると、全員が再び顔をしかめ……黙り込んだ。


何度目かもはや忘れたが、沈黙が会議室を占拠した。


 私が唾液を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。


冷汗はすでに滝のように流れ始め、私は部屋の中の気温が急上昇したのでは無いかと思いはじめた。


会議室の大時計だけが秒針で音を刻み、時間がただ流れていることを強調していた。


 その沈黙が、永遠に続くのでは無いかと私が思い始めた時……ついにアルサハル元帥が発言する。


「アルメーダ君……」


 彼の鋭い視線で射貫かれた私は反射的に敬礼をする。


「はっ」


きみのその作戦案…………頂戴しよう」


 思わず目を見開いた。


アルサハル元帥の賛意をうけて、私は心底驚いた。


しかし、冷静を装って返事をする。


「はい!」


「突然の君の『来訪』には、私として思う所はあるが……しかし今は未曽有の有事……。この場で問答している時間など無い。……クロウバ少将?」


 クロウバ少将は元帥に向き直り、「はい」と返事をする。


「……反乱軍の本隊より精鋭を選りすぐり、突撃部隊を編成しろ。なにしろ事態は急を要する。人選は現場に一任せよ。……この『作戦』の勘どころは『15分』という時間制限だ。編成が終了した隊より出撃せよ」


 クロウバ少将はふたたび「はい」と返事をして伝想のルーンを浮かべ始めた。


彼の表情に一気に緊張がみなぎった。


会議室に居た他の人員も、各自の仕事を開始する。会議室に一気に音が満ち始めた。


 そして、ベラドーナ中将がアルサハル元帥の指令をひきつぐ。


「アルメーダ大佐につきましては、第一魔導士強襲隊に現場での『誘因』の指示をお願いいたします。もちろんこれは『撤退』では無く……本隊の突撃部隊が到着するまでのあくまで『誘因』です……分かりますか?」


「はっ」


 最後にアルサハル元帥が言う。


「それではこれより作戦を発令する。作戦名は『回天』。目標は神権軍本隊の潰走。熾天 リュカ・シャルムとの交戦については、第一魔導士強襲隊に一任する。これより本作戦は発動する。総員心してかかるよう。それでは……」


 彼は私の眼を射抜いたまま、祈りの言葉を発する。


「……涅槃ナバヤを目指し……穢れオドに呑まれぬよう……」


 その彼の言葉は今の私にとって『祈り』では無く……『呪い』に等しかった。

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