終章

epilogue 僕の帰る場所

 ここは、どこなんだろう。


 見渡す限り、真っ白な空間だった。

 右も左もわからない。どこまでも何もない、真っ白な風景が続いている。


「ここが、地獄なのかな」

 よく理解できず、僕は何もない空間をさまよう。


 おばあちゃんは、どこかにいるのか。ミズナちゃんとは会えるのか。

 でも、ここが本当に地獄なのか。


(どう見たって違うだろ)


 頭の中で声が響く。


 そうなのかな、と疑問に思う。アツヤはしっかりと、僕を消してくれた。僕が全ての元凶だってことにして、大勢が僕を憎むようにしてくれた。


 それなら、当然地獄に行けるはずなのに。


(お前、失敗したんだよ。あの時のあいつ、泣いてただろ。無理してるのが見え見えで、みんなに芝居だって気づかれたんだよ)


 呆れた風に笑う。


 そう、なんだろうか。

 じゃあ、僕はこれからどうすればいい。


 どこへ行けばいいんだろう。


(好きなところへ行けよ。もう、お前は自由なんだ)


 そうなのかな。


(お前はどこへ行きたいか。好きなようにやればいい)


 聞こえてくる声は、とても穏やかなものだった。





 一度目を閉じる。

 僕はどこへ行きたいか。ほんの少しだけ考えてみた。


 そして、再び目を開ける。


 どこかで見た、町の中だった。ごく普通の家々が並ぶ、なんの変哲もない町。

 でも、天気は良くなかった。どんよりと曇っていて、昼間だろうに薄暗い。


「そういうことか」


 僕はすぐに状況を理解し、記憶する通りに道を進む。


 神社の石段が見えてきた。そこを素早くジャンプしていき、境内に入っていく。


 やっぱり、子供たちの姿があった。

 合計で五人。みんな小学生のようだった。


「ここ、なんだよな」

 写真を手に持った男の子が、ご神木の方へと歩いていく。みんな、不安そうな顔をして、しきりに境内の中を見回している。


 その先には、一体の幽霊がいた。


 顔は良く見えない。くたびれた感じの男の人。じっと木の前で佇んでいる。


 この人も、本当は被害者なんだ。不用意な噂を流されて、悪い幽霊にされている。


 だから、自由にしてあげなくちゃ。


 今、僕の姿は誰にも見えない。僕も幽霊なのかどうかはわからない。

 でも、今はなんでも出来る気がした。


「もう、大丈夫だよ」

 前足でそっと、男の人の幽霊に触れた。


 途端に、暗かった表情に変化が起こる。優しそうな男の人の顔に戻り、ゆっくりと空へと昇って行った。


「やっぱり、この辺りなんだよな」

 先頭の男の子が辿り着き、ご神木の辺りを見る。


「でも、特に何も感じないよな」

 不思議そうに首をかしげ、すぐに脱力したように微笑んだ。


 ダイスケくん。トモカちゃん。ヨシオくん。ハルナちゃん。


 そして、ミズナちゃん。


 五人はホッとしたように微笑んで、「なあんだ」と呟いていた。


「やっぱり、隆太の言うことって当てになんないな。ここで誰かが首を吊ったなんて話、聞いたことないしな」


「もう、あいつの話は信じない方がいいかもね」

 女の子の一人が言い、「だね」とみんなで頷き合った。


 隆太、と僕は心の中で呼び掛ける。


 これからお前は、年下の子供たちに笑われる。とてもいい加減な奴だって。

 それが、お前にふさわしい『罰』だ。


 これでもう、心配ない。

 僕は鳥居のある方へと歩いていき、一度だけ振り返る。


 ミズナちゃんは、元気に笑っていた。


 さよなら、ミズナちゃん。

 お母さんと幸せにね。





 それから先も、僕は町を巡って行った。


 交通事故の現場には、男の子の幽霊がいた。その子の足にも軽く触れる。

 交差点にはスーツ姿の男の幽霊。それに前足で触れてやる。

 赤い服の女の幽霊。おじいさんの幽霊。背中の曲がったおばあさん。


 みんな、空へと昇って行った。


(随分と、お節介だな)


 頭の中の声が笑う。


「そうだね」と僕も穏やかに応えた。


 でも、これだけじゃまだ足りない。

 町の中の幽霊たちは、一通りは消えて行った。


 けれど、これで終わりにしちゃいけない。


 今の僕には、できるはず。

 この時間だけじゃない。もっと昔のことだって。


 そう信じ、また両目を閉じた。


 今度は、どこの場所なのかわからない。とても奥深い、山の中のようだった。


 時間は夜で、カメラやマイクを持った人たちがいる。

 そしてその先には、一匹の黒猫がいた。


「ああ、これは随分とひどい場所だ」


 猫の方へと歩いていく。黄色いスカーフをした黒い猫。

 そいつの前に、何体もの幽霊がいた。


 でも、何も心配ない。


「もう、終わりにしよう」


 僕が触れる度、幽霊たちは消えていく。


 その光景を見て、黒猫はただ戸惑っていた。僕の姿までは見えないようで、きょとんと両目を見開いていた。


「これで、十分だろ?」

 頭の中へ向け、僕はそっと問いかける。


 フン、と鼻を鳴らす音が聞こえてきた。





 あれからしばらく、世の中のことを見守ってきた。


 十年以上、ゆっくりと時が流れていく。

 問題は起こらない。幽霊の話で人が死ぬことも、呪いが過剰に広まることもない。


 やがて、僕は一つの場所へ帰って行った。


 縁側のある家。そこで寝そべる一匹の猫。『そいつ』を見つけてすぐに、僕は近くへ寄って行った。


 そして今、たしかな感触が得られている。


「パルちゃん、お散歩に行きましょう」


 おばあちゃんに言われ、僕は素早く立ち上がる。

 とても天気がいい。ポカポカと暖かい陽気の中で、僕は歩き出す。


 あれから、たくさんのことがあった。


 ショコラは何にも反応せず、番組は大失敗。おばあちゃんは偽者の霊能者だったのではないかと疑う声も出た。


 そんな中で、息子の哲宏や娘たちが詐欺を働いていることが判明した。おばあちゃんは何も気づいていなかったため、しばらくはとても苦労をした。


 霊能者は廃業。でも地方の家に移り住んで、穏やかな暮らしを続けられた。


 一匹の、大切な黒猫と一緒に。


 現在、おばあちゃんの家の庭先には小さな墓が作られている。おばあちゃんに看取られて、安らかに天寿を全うしていた。


「おばあちゃん、ただいま」


 散歩の途中、学校帰りの孫と会う。母親が詐欺で捕まった後は、おばあちゃんが引き取って一生懸命育てた奴だ。とても素直な性格で、外見にもそれが出ている。


「おかえり、タケちゃん」


 おばあちゃんが言うと、タケユキは眼鏡をした顔をほんのりと染める。


 あとは、僕たちだけの時間だ。


 行き先は、いつもの公園。おばあちゃんの隣をゆっくりと歩いていき、あのベンチの上へと軽く飛び乗る。


 大好きな、日向ぼっこの時間の始まりだ。


 僕は今、幸せだ。大好きなおばあちゃんが隣にいる。たまに、小学生の女の子ともこの場所で会う。今年で六年生らしい、ちょっとお姉さんぶった子だった。


 一秒でも長く、この時間が続けばいい。

 この、あたたかい毎日が。


 柔らかい日差しを浴びながら、僕は大きくアクビをした。

                                     (了)

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パルメザンのちっぽけな祝福 黒澤 主計 @kurocannele

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