6-3 帰還

 朝もやの陰る中、白塗りの教皇専用車が聖域Stエリア正門に到着する。


 普段は好きな所から勝手に外出するアレックスが専用車で正門から入る事、それは教皇として公的にこの場所へ帰ってきた事の証となる。


「聖下、早朝のお戻りとは連絡していただければ総出で……。」


 教皇庁直轄の司祭が慌てて降りてくるアレックスに声を掛ける。


「迎えなど必要ありません。私は帰宅しただけです。車を出していただけた、それだけでいいので」


 純白の法衣が朝日を浴びて輝く。シュテルン最高位“教皇”のみに許された色。細かく金糸と銀糸で刺繍が施された衣装の重さをアレックスは全身で感じていた。


「セリス、大丈夫ですか?」

 手を伸ばしエスコートする。彼の穏やかな笑顔につられ、思わずほほ笑んでしまった。


「まだ少し引きつった感じがするが問題ない。聖下にエスコートしてもらう方が問題だろう?」



 世界最大の宗教“シュテルン”。人口の四分の一、この国においては国民の殆どが信徒である頂点に君臨する若い教だが、在位十年を超えて貫禄が増している。


 途中ですれ違う聖職者たちが深々と礼をしているのを、手をあげて答礼をする。その姿にセリスは恐れを抱いた。


「教皇としての姿は殆ど見せたことはありませんから、驚いたかもしれません。シュテルンの教皇の立場はこんなものです。しかし、私はただひとりのアレックスとして、審判を受けに来ました。教皇は聖域にいる証はこれでできましたから。」


 規則正しい靴音を立てながら、自室へと向かう。“これより先、関係者以外立ち入りを許さず”。廊下の真ん中に立て札があるが、意に介さずアレックスは進んでいく。途中、12枚の結界でさえ容易に突破していった。



「結界の先に私の部屋があります。全くいつまでも私を子ども扱いして……、前教皇より厳重に結界生成しているんですよ。歴代教皇は評議会に守られ、評議会に縛られる。」


 やれやれといった諦めたような声を出しているのに、表情は全く笑っていなかった。



「私が怖いですか?」 


 セリスはアレックスの後ろ髪をグイグイ引っ張る。



「アレックスは怖くない。ただ“教皇”の地位が怖い」



 彼は髪を引っ張られながら、小さく笑った。


「セリスくらいですよ。私を一度も教皇として呼ばないでいるのは。さて、ここが私の部屋です。」


 重厚な扉に圧倒されたセリスは隣にある“物置”と書かれた何年も開けられた形跡のない扉を見つけた。


「あ、そこは私が教皇になる前まで使っていた部屋なんで、中で繋げました。」


 物置が私室という話を初めて聞いたセリスは口を開いたままで、部屋とアレックスを何度も見比べていた。



「石棺のような家に住んでいた人にあまり驚かれたくないんですが。」

 苦笑いしながら、彼は扉に手を当てると、静かに開いていった。この部屋の主に従うかのように。


 部屋の中は恐ろしく整然としていた。少しも乱れのない本棚、食器、机、椅子、そしてピアノ。


「大聖堂のピアノが使えない時や、夜はここで弾いています。練習しているとうるさいだの、同じ所を何度も弾くなだの文句が多くて。爺たちは私がなんやかんや言っても気になるみたいで……。」


 よっ、と掛け声をかけながら法衣を脱ぐ。その下の重ねられた服を慣れた手つきで取ると、それを見ていたセリスが慌てだした。


 突然の裸に心臓がうるさく鼓動を刻む。


「アレックス!か、隠せっ!」

 上半身裸になっているアレックスには何のことやらさっぱり分からない様子で、ズボンも脱ぎ、下着だけの姿になる。光に照らされたその身体は引き締まっており、割れた筋肉が薄く影を作る。


「私の部屋ですよ?下着姿くらいいいじゃ……。」


 セリスは傍にあったクッションを掴み、思いっきり投げつけた。


「目の毒!」

「はぁ、そういうものですか」


 男所帯で育ったアレックスにはたまにズレている所がある。神学校は男子校。女性が傍にいたことはない──。そんな特殊な世界で生きてきた彼をセリスは知っていたが、簡単に下着姿になる事は予想できていなかったようで、両手で顔を覆っていた。


 特殊な環境──。アレックスの特殊さは、生まれた時からずっとつきまとっていた。生まれてすぐに“呪われた髪と瞳”ということだけで捨てられ、孤児院育ち。そこの幼い“弟妹”のために命を投げ捨てようとした事。その時の雪山で前教皇に助けられ、聖職者を目指し、前教皇の側近として生き、12騎士としてその手を汚し続けてきた。


 そして、今自分の世界を否定して未来を掴もうとしている。


 その強さを秘めた背中をセリスは抱きしめた。ふわりと香るバラの匂いが彼女の鼻をくすぐる。


「この匂いが好き」


 セリスはこの先に訪れる不安に震えていた。


「全てを私が包み込みます、不安もセリスも」


 アレックスの身体から小さな光が生まれる。鈴のような音を立てたかと思うと、一斉に火の粉に変わり、辺りに散る。



 彼の覚悟と魔力の強さが形になる。



 この強さで彼は道を開いてきた。偶然も必然も自分の力にして。


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Celestial Sky(セレスティアル スカイ) 夏乃あめ @nathuno-ame

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