悲しくて、切なくて、苦しくて、痛くて、重くて――でもこのうえなく美しい

ああ……「この作品が出版されてないなんて絶対におかしい!」と叫ばずにはいられない物語に、またもや出逢ってしまいました。

類稀な美しさを持つ山羊飼いの少年、ジュール。ジュールに「太陽のよう」と形容される、明るく朗らかなブルジョワの青年、ヤン。
同性愛が差別されていた時代と場所で、身分ちがいの恋に落ちた二人を……特にジュールを待ち受けていたのは、想像を絶するほどの過酷な運命でした。
作者様のキャッチコピーに「運命に翻弄される」ということばがあるので、つらい運命なのだろうと覚悟して読みはじめた私も、「えっ、えっ、えっ、ちょっと待って、ここまで、ここまでですか!?」と悲鳴を上げそうになったほどの過酷さです。
そんな運命にときに立ち向かい、ときに押しつぶされそうになるジュールの姿は、読者の胸を痛いほどに打ちます。

また、ジュールとヤンのみならず、彼らを取り巻くひとびともリアリティにあふれています。
ジュールに歪んだ欲望をいだくヤンの異母兄フレデリック、地獄のような日々のなかでジュールの助けとなる友人エドガー、ジュールの聡明さに惚れこんである大きな決断をする、穏和な文学教授ギヨーム――。
人間の持つ善も悪も、美も醜も、光も影も、強さも弱さも、あますところなく描かれているのです。彼らが現実に存在していなかったということが信じられないほどに。
さらに、19世紀末のフランスの情景も――オルレアンの豊かな森から洗練と頽廃のパリまで、読みやすくも格調高い文章で鮮やかに綴られています。

悲しくて、切なくて、苦しくて、痛くて、重くて――でもこのうえなく美しい。特にラストシーンの感動は筆舌に尽くしがたいです。
かりにも小説を書いている人間が、「筆舌に尽くしがたい」なんて安易に言ってはいけないのかもしれませんが、でも決して安易に言っているわけではないのです。本当に本当に、ことばにできないほどの感動なのです。
読了して初めてわかるタイトルの意味にもまた、心揺さぶられずにはいられません。
この作品を読まないなんて人生における重大な損失だと断言できる大大大傑作、名作のなかの名作です。

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