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改稿前原稿保管庫 第12話 漏れた【薔薇食む】

 手錠は、右の足首につけた。

 大量の宿題があるし、手の自由は最優先。
 もう片方の手錠は、ベッドの足にかけてある。

 私ひとりでは動かせない、家具の重さ。鍵はナギサちゃんが握ってる。正真正銘の、拘束状態だ。
 外されるのは、トイレとお風呂の時だけ。


「とっても、かわいいです」
「そう?」


 ナギサちゃんの声は、湿っていた。表情筋は、溢れんばかりの|恍惚《こうこつ》をあらわしている。
 

「似合ってます。待ち受けにしても、いいですか?」
「え……?」
「ダメ、ですか?」
「い、いい、けど」
「ありがとうございます」


 今の格好は、パーカーにジャージ。女の子座りで拘束中だけなのに……。

 ナギサちゃんの|癖《へき》にささったのかな。


「今日からよろしくお願いしますね」
「うん。ナギサちゃんが大変だと思うけど」
「いえいえ。楽しみすぎて、どうにかなっちゃいそうです」


 イバラの痣が走っている腕が、弾んだ動きで何かを取り出した。


「これ、なんだと思いますか?」
「日記帳?」
「恵巳さんの、観察日記です」


 固い唾が、喉を通った。


「小学校の自由研究みたいに、恵巳さんの全てを記録したいんです。食べたもの、就寝時間、肌ツヤ……全部」


 愛おしそうに日記帳を抱きしめる、ナギサちゃん。
 もう、出会ったときの、膝を抱えたお嬢様の影は、どこにもない。


「……ナギサちゃん、おかしくなってない?」
「そう、ですか?」
「これぐらい、普通です……よね?」


 明らかにおかしい。
 でも、狂気を当たり前と思い込んでるナギサちゃんは、かわいいかも。


「私はいいと、思う」
「いい、ですか」
「うん。ナギサちゃん、とってもいい」


 こうして、監禁生活がはじまった。
 私が動けないだけで、大きく変わっていない。

 淡々と宿題をこなす。
 私は気合を入れるために、コーヒーを飲んだ。

 カフェインの効能は、集中力向上だけではない。
 徐々に、溜まってくる。


「……ナギサちゃん」


 恥ずかしい。
 でも、言わないと。


「トイレ、いきたい」
「トイレですか?」
「手錠の鍵、開けて」
「じゃあ、あたしのお願い、聞いてくれますよね?」
「お願い……?」


 ナギサちゃんは、女王蜂みたいに無表情だった。
 

「恵巳さんの高校時代を、知りたいです」
「今なの……?」
「本当のこと、全部聞きたいので」


 声を聞いて、確信した。現状は、彼女の計画通り。話さないと、絶対に解放されない。

 意を決して、過去に思いを馳せていく。


「……話すよ」
「はい。お願いします」
「私、高校デビューに失敗して、ボッチだったの。話す相手が誰もいなくて、何回も死にたくなった」


 淡々と響く、シャーペンの音。
 私の言葉が、気品のある文字へと、変換されている。


「でも、2年生になったら、変わったの。転校生が来た」
「恵巳さんは、その人と……」
「……うん。ひとりでいる私に声を掛けてくれて、意気投合して、交換日記までしてた。はじめてだったな。女の子を好きになったの」


 ナギサちゃんの顔を見れなくて、爪の先を撫でる。
 

「思い切って告白したら、考えさせてって言われて……」


 もう乗り越えたと思っていた。
 でも、言葉を選ぶだけで、息が詰まる。


「一週間ぐらい後かな。放課後の教室に、呼ばれた。結果はわかるでしょ?」
「……そう、ですね」
「ショックだった。ごめんじゃなくて、無理、だって。無理は、ひどいよね。カラっと告げられて、思わず漏らしちゃったんだ……」


 筆記音が、一瞬止まった。


「あの子、私の痴態を笑ってて、次の日には全部、広まってた」
「……はい」
「それからは不登校で、出席日数不足で中退。親から急かされて、就職したんだ」
「そう、だったんですね」


 これ以上は、何もない。
 本当にこれだけ。

 言葉で説明すると短いけど、人生が変わるぐらいの出来事だった。


「ねえ、もう我慢の限界で……」
「恵巳さん」


 ナギサちゃんの様子が、不気味だ。
 無表情の奥底から、徐々に、物欲しそうな顔が浮かび上がってくる。
 

「私にも、見せてください」
「……え?」


 後ずさると、ベッドにぶつかった。


「あたし、見たいんです」
「ダメっ……それは、だめ……」
「監禁ですよ、これは」
「そ、そうだけどっ!」
「大丈夫ですよ。お手伝いしますから」


 繊細な指先が、裾を通り抜けて、私の下腹部に触れた。綿毛のような刺激が、こそばゆい。触られるほど、神経が集まっていく。私の中で、膀胱の存在が、膨らみだした。


「ほんとに……やめて……」
「見せてくれたら、あたし、もっともっと、一緒に死にたくなりますから」
「一緒に、死にたく……」


 囁き声が脳に入り、体の緊張を取り去る。


「そうですよ。だから、恵巳さんのかわいい姿、もっと見せてください」


 今度は、手のひら。円を描くように撫でまわされるだけでも、十分な刺激だった。
 体の奥底で、|膀胱《ぼうこう》が、うめく。上手に呼吸もできない。

 我慢のあまり脚を動かすと、手錠の存在を思い出す。
 いくら暴れても、ダメ。動けない。

 逃げ場なんて、どこにもない。

 ふと、目に入った。

 ナギサちゃんの首元で膨らむ、つぼみ。
 青い花びらが、顔を出していく。


「恵巳さん……いいですよ」


 抗えなくて、音もなく、咲いた。

 脚の間から、熱さが広がる。
 刺激臭が、湯気みたいに立ち上った。

 まるで、体が汚物を薄めようとするみたいに、涙があふれ出していく。

 遠い昔から、笑い声が聞こえた。
 恥ずかしく、悔しくて、死にたくて、忘れたい。
 私のとってもとっても、弱いところ。


「……ふふふ。上手にできました」


 春の初めにつくしを見つけたような、微笑み。
 目に入った瞬間、涙の熱さが、変わった。

 ああ。
 この人は、笑わない。
 粗相をしても、抱きしめてくれる。

 
「お着換え、しましょうね」
「……うん」


 もう、彼女の手だけ、握っていたい。

 あと2年半限定もないけど、永遠のお願い。
 




【後書き】


ここまで読んで頂きありがとうございます!

明日の更新時に、小説タイトルを変更します。

新タイトルは『澄みきった青薔薇を、食む』。
サブタイトルをつける予定ですが、そちらは今から考えます……。シチュエーションを説明しないと……。

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