思考が追いつかなくて、頭がボーッとする。軽い熱中症かもしれない。
「ナギサちゃん……」
「恵巳さん、して、ください」
彼女は懇願している。プールに沈められることを。
「……ナギサちゃん……変態」
「え? そう、ですか? 一緒に死ぬ相手なら、普通じゃないですか……?」
「いや、絶対おかしいよ」
「……おかしい」
まるで「おかしい」を初めて聞いたみたいな反応だった。
「あたし、おかしい、です、か?」
「うん。だいぶ」
「えっと、恵巳さんは嫌、ですか? あたしを、その、プールに……」
「考えたこともなかった、よ」
ナギサちゃんの目玉が、自身のつま先から頭までを、舐めるように|一瞥《いちべつ》していく。
「ああ。そう……なんですね」
胸に手を当てて、祈るように目を閉じた。
「本当のあたしって、|こう《・・》だったんだ……」
湿った黒髪が、スクール水着が、肌の角質ひとつひとつが、煌めいて見える。
喉が乾いて、唾もでない。
「私も、変態、だから」
「恵巳さんも、なんですか?」
「いや、そうでしょ」
「恵巳さん以外、知らないので……」
そっか。
ナギサちゃんは、純粋なんだ。
知識がないのに、いびつ。
私に合わせて歪んでくれたのかな。そうだったら、いいな。
「恵巳さん……。早く……」
ナギサちゃんが、沈んでいく。
プールの奥底へ。
追いかけるように飛び込んで、私は目を見開いた。
お日様が美しく歪んだ、水中。
穏やかな顔の下で、喉が無防備にさらけ出されている。
私の手が、伸びていく。
白磁器のような喉に、たこ足のごとく指が吸いついた。
絡んで、巻き付いて、離せない。
まるで、最初から設計されていたみたいに、しっくりきた。
この宝物はもう、私のもの。壊れるまで、離さない。
力を込めると、ナギサちゃんが吐いた泡が、私の頬に当たって、聞こえた気がした。
もっと、強く、して。
そう、だよね。
変態のナギサちゃんなら、言うよね。
心の殻が、ぐちゃぐちゃ。
ねえ、ナギサちゃんが死んじゃったら、どうする?
私も死ぬだけ。
そっか。
じゃあ、いいや。
遠慮、いらない。
指の一本一本に力をこめると、ナギサちゃんの体が、もがいた。
いつも理性的な、ナギサちゃん。
気立てがよくて、細かいことに気付くし、他人の目を意識してる。頭がよくて、教えるのも上手で、人付き合いも完璧。
理想的な、お嬢様。
でも、今は本能のままに暴れまわって、水中を乱している。
ピクピクと跳ねて、無作為な動きを繰り返す、芸術的な肉体。
ああ。
手の中の感触が、冷えていく。
もっと見たい。
もっともがかせたい。
もっと、もっと、ずっと、永遠に。
ふっ、と。
彼女から意識が抜けていくのを見て、私は浮き上がった。
「ナギサちゃん……」
息はしてる。だけど、小鼻から血が垂れていた。ポツポツと、透明なプールを汚していく。
赤い液を舐めると、彼女の顔は、融けていた。
崩れているのに、美しくて、愛おしい。
私が、この顔を、作ったんだ。この世界で、私だけの、お宝。私だけの。私の、すべて。
青白い肩を愛でると、ぐったりした体が跳ねた。
「何やってんだ、お前たち……」
声が聞こえて振り向くと、ツンツンくんと目が合う。
余韻が、汚れていく。
社会人時代を思い出しながら、私は心を切り替える。
「どうして、ここに?」
「先生に言われて、探しに来たんだよ。プールから戻ってこないって」
「え、もうそんな時間なの!?」
「なあ、お前……」
疑惑の目を向けられた。大丈夫。まだ確信してない。
「ナギサちゃんの体調が悪いから、看病してたの」
「そ、そうなのか……?」
「先生に伝えてくれる? ナギサちゃんを保健室に連れて行くから、授業には出られないって」
「あ、ああ」
ツンツンくんの背中を見送ると、聞こえた。
幻聴か、現実か。
――人殺し。
ううん。
違うよ。
私は殺したいわけじゃない。
一緒に死にたいだけ。
生きるために、死に近づきたいだけ。
全部、彼女が悪い。
ナギサちゃんも、きっと言ってくれる。
全部あたしのせいにしていいですよって。
彼女が目を覚ましたのは、日が暮れはじめたころだった。
何度も、自分の首をさすって、夏祭り帰りみたいな息を吐いた。
家に帰っても、ずっと上の空。
私がお茶を淹れると、ポツリと呟いた。
「すご、かった、です……」
「……うん」
次の日。
ゆっくりと時間をかけて、11本の青薔薇が、咲いた。