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改稿前原稿保管庫 第8話 浸かった【薔薇食む】

 大人が使えて、子供が頼れない力がある。

 お酒。

 アルコールを流し込んだら、あら不思議。判断力が鈍って、裸踊りもできちゃう。

 晩飯のカレイは、煮崩れていた。
 普段だったら、完璧な仕上がりにこだわっていたはず。
 だけど、今までで一番、甘くて、おいしかった。お酒のあてとしてもよくて、安い日本酒が肝臓に消えていく。

 ほどよく酔いが回ったところで、皿洗い中のお嬢様に、声をかける。


「先に、入ってるから」
「……はい」


 エプロンの肩紐が、ピクリと揺れた。


「わたしらしくない?」
「……はい」


 なぜ、大胆な行動に出てしまったのか、私自身も理解できない。
 勝手に口から出ていた。
 
 でも、気にしない。
 自分のことを考える時間は、悪夢よりクソ。

 脱衣所で、服を脱ぐ。
 いつもは適当に洗濯カゴに放り込むけど、落ち着かなくて、丁寧に畳んだ。

 お風呂の量は、少なめ。
 ひとりで入っても、肩まで浸からない。

 湯気がたっているのに、喉が渇く。唇が張り付く。
 心臓の鼓動で、水面が揺れる。

 1分後、ドアを開ける音。衣擦れ音が続く。

 すりガラス越しに、色彩だけが見える。
 徐々に、彼女が動くたびに、肌色が増えていく。
 その光景を、映写機のように、みつめた。


「入りますよ」
「……うん」


 ドアが、開く。
 ナギサちゃんの、一糸まとわぬ姿が、目の前に……。

 だけど、彼女の裸を、見れなかった。
 私の視線でけがれてしまうような予感が、拭いきれない。
 

「失礼、します」


 ナギサちゃんの体重が、のしかかる。
 肌が密着して、飢えたナメクジみたいに、吸いつく。

 半年一緒にいても、彼女の体に、慣れない。
 

「ナギサちゃん、緑の痣、広がってきたね」
「……はい」


 出会ったときは前腕までだったけど、今は肩まで伸びてる。
 イバラのような痣をみていると、落ち着く。


「私、嫉妬してる、と思う」


 腕の中で、小さな体が跳ねた。
 

「ナギサちゃん、楽しそうに、クラスのみんなと話してた」
「嫌だった、ですか?」


 素直に、頷く。


「それに、遠い気がする。ナギサちゃんは、ずっと近づいてくれない」
「えっと、それは……」


 言葉を待つ。
 焦らず、じっくりと。

 
「あたし、きっと、中身がないんです。だから、遠くに感じるのは、そのせいで……」


 中身がない?
 こんなに温かいのに?


「ずっと、パパとママの言う通りに、生きてきたんです。そのせいなんですかね」
「……うん」
「あたし、無意識に調子を合わせてしまうんです。相手が明るかったら、明るめに。暗かったら、暗めに」
「そんな感じだよね」
「だから、なんでしょうか。自分が、わからなくなるんです。本当の自分って、ありのままの自分って、どうやって見つければいいんでしょう」


 そっか。
 強いな、ナギサちゃんは。
 私なんか、自分のことを考えたくなくて、逃げてる。


「ねえ、ナギサちゃん」
「はい」
「私のこと、罵倒してほしい」
「え? え?」
「褒めてしか、くれないから」


 私の言葉に困惑してる。おもしろい。


「……恵巳さんに、悪い所なんてないですよ?」
「絞り出して。悪いところ、いっぱい」
「なんでですか?」
「もっと、仲良くなるためだよ」
「……嫌いになりませんか?」
「大丈夫。むしろ好きになるから」


 ナギサちゃんは、断らない。

 覚悟を含んだ、深呼吸の音。
 私は、パンケーキを待つような心持ちで、待ち続けた。


「バカっ! へんたいっ! 頭おかしいっ!!」


 叫び慣れてない、声。
 可愛さしかないけど、必死さがにじみ出ている。


「……ありがとう、ね」


 ああ。鼓膜をホルマリン漬けにしたい気分。

 ふと、気付く。
 左肩のつぼみが膨らみ、青薔薇が咲いた。


「あたしのお願いも、聞いてくれませんか?」
「なに?」
「青薔薇、食べてください」
「うん」


 唇を、彼女の肌に近づけていく。
 むせかえるような、甘い香りが鼻先をつつむ。
 薔薇の香りじゃない。ナギサちゃんの体から、漏れてる。

 花弁を、唇でつまみ、口の中へ運ぶ。
 咀嚼音が、お風呂場に響くたび、ナギサちゃんの体が反応した。


「おいしい、ですか?」
「塩味のぬれ煎餅みたい」
「ぺっ、してもいいですよ」
「やだ。私が食べたい」
「そうですか。いつも、手料理も残さず食べてくれますよね」
「だって、あと2年半しかないから」


 あと何回、食べられるかわからない。

 食べれば食べるほど、ナギサちゃんの体が熱を帯びていく。


「ごちそうさま」
「お粗末様でした」


 心が、平らになっていく。
 ナギサちゃんにずっと触れていると、緊張がとれてきて、愛着だけが残る。最初から一緒にいるために産まれたんじゃないかって、思ってしまう。


「私が一緒に死ぬのは、ナギサちゃん|だけ《・・》だから」
「はい」
「ナギサちゃんの死に様を、他の誰にも見られたくない。私だけが、見てたい」
「あたしも、同じ、ですよ」


 それからは、無言でお風呂に浸かりつづけた。
 その中で、ふと思い浮かぶ。
 誕生日プレゼントの、かたち。
 




 4月10日。
 ナギサちゃんの誕生日。

 カラオケボックスで、クラスのみんなが集まったけど、ツンツンくんだけが、いなかった。

 プレゼントしたのは、七輪と炭。

 次の日、窓を閉めて、換気扇も回さず、部屋の中でホッケを焼いた。
 まるで、少女の肌みたいに、真っ白な魚肉。とてもおいしかったけど、目的は味じゃない。

 次第に酸素が薄くなって、他の気体が、体に入り込む。

 頭が痛い。吐き気がする。気絶して、火をまたいでいた。
 起きても体調が酷くて、一日中寝転んで、過ごす。

 だけど、心地いい。
 生きてる。
 死が、近い。 


「あはは。バカみたい」
「ふふふ」


 笑うと、頭の中で棘鉄球が暴れるみたいに、痛かった。
 でも、楽しい。
 最高の気持ち。

 ナギサちゃんの白い肌からは、5本の青薔薇が、咲いた。
 口よりも、彼女の気持ちを、語っている。




【後書き】

ここまで読んで頂き、ありがとうございます!

もし、この2人の歪な関係が癖にささりましたら、☆評価や♡応援、レビューなどをして頂けると嬉しいです!

して……して……っ!
してえええええええええええええええ!!!

また、レビューを書いてしてくださった方々、ありがとうございます!!
本当にうれしいです!!!

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