大人が使えて、子供が頼れない力がある。
お酒。
アルコールを流し込んだら、あら不思議。判断力が鈍って、裸踊りもできちゃう。
晩飯のカレイは、煮崩れていた。
普段だったら、完璧な仕上がりにこだわっていたはず。
だけど、今までで一番、甘くて、おいしかった。お酒のあてとしてもよくて、安い日本酒が肝臓に消えていく。
ほどよく酔いが回ったところで、皿洗い中のお嬢様に、声をかける。
「先に、入ってるから」
「……はい」
エプロンの肩紐が、ピクリと揺れた。
「わたしらしくない?」
「……はい」
なぜ、大胆な行動に出てしまったのか、私自身も理解できない。
勝手に口から出ていた。
でも、気にしない。
自分のことを考える時間は、悪夢よりクソ。
脱衣所で、服を脱ぐ。
いつもは適当に洗濯カゴに放り込むけど、落ち着かなくて、丁寧に畳んだ。
お風呂の量は、少なめ。
ひとりで入っても、肩まで浸からない。
湯気がたっているのに、喉が渇く。唇が張り付く。
心臓の鼓動で、水面が揺れる。
1分後、ドアを開ける音。衣擦れ音が続く。
すりガラス越しに、色彩だけが見える。
徐々に、彼女が動くたびに、肌色が増えていく。
その光景を、映写機のように、みつめた。
「入りますよ」
「……うん」
ドアが、開く。
ナギサちゃんの、一糸まとわぬ姿が、目の前に……。
だけど、彼女の裸を、見れなかった。
私の視線でけがれてしまうような予感が、拭いきれない。
「失礼、します」
ナギサちゃんの体重が、のしかかる。
肌が密着して、飢えたナメクジみたいに、吸いつく。
半年一緒にいても、彼女の体に、慣れない。
「ナギサちゃん、緑の痣、広がってきたね」
「……はい」
出会ったときは前腕までだったけど、今は肩まで伸びてる。
イバラのような痣をみていると、落ち着く。
「私、嫉妬してる、と思う」
腕の中で、小さな体が跳ねた。
「ナギサちゃん、楽しそうに、クラスのみんなと話してた」
「嫌だった、ですか?」
素直に、頷く。
「それに、遠い気がする。ナギサちゃんは、ずっと近づいてくれない」
「えっと、それは……」
言葉を待つ。
焦らず、じっくりと。
「あたし、きっと、中身がないんです。だから、遠くに感じるのは、そのせいで……」
中身がない?
こんなに温かいのに?
「ずっと、パパとママの言う通りに、生きてきたんです。そのせいなんですかね」
「……うん」
「あたし、無意識に調子を合わせてしまうんです。相手が明るかったら、明るめに。暗かったら、暗めに」
「そんな感じだよね」
「だから、なんでしょうか。自分が、わからなくなるんです。本当の自分って、ありのままの自分って、どうやって見つければいいんでしょう」
そっか。
強いな、ナギサちゃんは。
私なんか、自分のことを考えたくなくて、逃げてる。
「ねえ、ナギサちゃん」
「はい」
「私のこと、罵倒してほしい」
「え? え?」
「褒めてしか、くれないから」
私の言葉に困惑してる。おもしろい。
「……恵巳さんに、悪い所なんてないですよ?」
「絞り出して。悪いところ、いっぱい」
「なんでですか?」
「もっと、仲良くなるためだよ」
「……嫌いになりませんか?」
「大丈夫。むしろ好きになるから」
ナギサちゃんは、断らない。
覚悟を含んだ、深呼吸の音。
私は、パンケーキを待つような心持ちで、待ち続けた。
「バカっ! へんたいっ! 頭おかしいっ!!」
叫び慣れてない、声。
可愛さしかないけど、必死さがにじみ出ている。
「……ありがとう、ね」
ああ。鼓膜をホルマリン漬けにしたい気分。
ふと、気付く。
左肩のつぼみが膨らみ、青薔薇が咲いた。
「あたしのお願いも、聞いてくれませんか?」
「なに?」
「青薔薇、食べてください」
「うん」
唇を、彼女の肌に近づけていく。
むせかえるような、甘い香りが鼻先をつつむ。
薔薇の香りじゃない。ナギサちゃんの体から、漏れてる。
花弁を、唇でつまみ、口の中へ運ぶ。
咀嚼音が、お風呂場に響くたび、ナギサちゃんの体が反応した。
「おいしい、ですか?」
「塩味のぬれ煎餅みたい」
「ぺっ、してもいいですよ」
「やだ。私が食べたい」
「そうですか。いつも、手料理も残さず食べてくれますよね」
「だって、あと2年半しかないから」
あと何回、食べられるかわからない。
食べれば食べるほど、ナギサちゃんの体が熱を帯びていく。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした」
心が、平らになっていく。
ナギサちゃんにずっと触れていると、緊張がとれてきて、愛着だけが残る。最初から一緒にいるために産まれたんじゃないかって、思ってしまう。
「私が一緒に死ぬのは、ナギサちゃん|だけ《・・》だから」
「はい」
「ナギサちゃんの死に様を、他の誰にも見られたくない。私だけが、見てたい」
「あたしも、同じ、ですよ」
それからは、無言でお風呂に浸かりつづけた。
その中で、ふと思い浮かぶ。
誕生日プレゼントの、かたち。
4月10日。
ナギサちゃんの誕生日。
カラオケボックスで、クラスのみんなが集まったけど、ツンツンくんだけが、いなかった。
プレゼントしたのは、七輪と炭。
次の日、窓を閉めて、換気扇も回さず、部屋の中でホッケを焼いた。
まるで、少女の肌みたいに、真っ白な魚肉。とてもおいしかったけど、目的は味じゃない。
次第に酸素が薄くなって、他の気体が、体に入り込む。
頭が痛い。吐き気がする。気絶して、火をまたいでいた。
起きても体調が酷くて、一日中寝転んで、過ごす。
だけど、心地いい。
生きてる。
死が、近い。
「あはは。バカみたい」
「ふふふ」
笑うと、頭の中で棘鉄球が暴れるみたいに、痛かった。
でも、楽しい。
最高の気持ち。
ナギサちゃんの白い肌からは、5本の青薔薇が、咲いた。
口よりも、彼女の気持ちを、語っている。
【後書き】
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して……して……っ!
してえええええええええええええええ!!!
また、レビューを書いてしてくださった方々、ありがとうございます!!
本当にうれしいです!!!