たった一日で、ナギサちゃんはグループを作った。
青薔薇病。
2年半の余命。
大きな欠点があっても、ナギサちゃんの愛嬌が人をひきつけている。
放課後の時間。
クラスの女子が全員集まり、何かを話している。私は女子じゃないから、除外だ。
まあ、自己紹介でやらかしちゃったし、受け入れられるわけがない。
「ねえねえ! よくない?」
「そうですね!」
「それでねー。昨日動画で見たんだけどー。近所で買えるらしいんだよねー」
「なるほど。ふふふ」
ナギサちゃんの声が、弾んでいる。トーンが高い。
家にいる時とは、まるで違う。
私は、頬杖をつく。彼女のうしろ姿を、遅刻した電車を待つような瞳で、みつめる。
前の高校生活も、孤独が多かった。逆に、周囲に人がいる方が、イジメられそうで、怖い。
「ははっ。くだらねぇ。あの女子たち、中身ない話ばっかしやがって」
「なに笑ってんの?」
後ろの席の、男の子。
見た目は不良っぽくない。どこにでもいそうな、スポーツ刈りの少年。発言の端々に棘があって、先生からも避けられているみたい。
名前はなんだっけ。覚えるのも面倒だし『ツンツンくん』と呼ぼうかな。
「うるせえよ。ばばあ。話しかけてくんなよ」
「お、生意気」
「俺のばばあと年あんまりかわんねえんだよ」
高校生って、こんな感じだよねー。
ナギサちゃんがいい子だから、忘れてた。
かわいい悪態を見ていると、楽しくなってきちゃう。
「おい、なんだよ、その顔」
「クソガキの方が落ち着くなー、って」
「は? キモ」
「そうそう。私、キモいんだよねぇ」
「ニタニタ笑うな。マジでやべえなっ」
「それそれ! もっと言ってっ!」
「はあ!?!?」
|これ《・・》が欲しかった。
ナギサちゃんはなんでも受け入れるから、否定の刺激は久しぶり。
私はアホだし、キモいし、ブス。自責や自虐はへこむけど、他人から言われると、嬉しくなっちゃう。
この人は、私の汚い部分を直視して、理解してくれてるんだって。
「ドMなのか……?」
「違う違う。私は私が嫌いなだけだから。褒めてほしいけど、褒められすぎると不安になるの」
「めんど」
「そうだよねー。私って面倒だよねー」
「笑うなよ、きも、ヘンタイ、ほうれいせん!」
うんうん。
「いやー。君みたいな子、好きだなー」
「お前、本当に大人かよ。俺を叱るべきだろ」
「今は高校生だから」
「33歳なんだろ?」
「いくつになっても、モラトリアムは恋しいものだよ」
「意味わかんね。早く大人になれるなら、なった方がいいだろ」
ツンツンくんの困惑顔を楽しんでいると、肩を叩かれた。
優しい感触から、誰なのか、ピンとくる。
「恵巳さん、恵巳さん。すみません、待たせてしまって」
「もういいの? ナギサちゃん」
「ええ。早く帰って、ご飯の準備をしないと」
「今晩はなに?」
「カレイの煮つけです」
「お、日本酒がほしいな」
ナギサちゃんの和食は、料亭顔負けの絶品さだ。
煮つけとか煮物とか、渋いものは、特に。
「高校生が飲んでいいんですか?」
「学校の外じゃ大人だから」
「都合がいいですね。ふふふ」
教室を出る瞬間。ふと、足を止めて、振り向いた。
ツンツンくんと目が合う。
「じゃあね」
「もう話しかけてくんなよ」
手を振ると、そっぽを向かれてしまった。
「仲いいんですか?」
「席近いし」
「それだけで、恵巳さんが話しかけるとは思いませんが」
「うーん、なんか放っておけないって言うか。ちょっとだけ、私に似てるかも?」
「え、全然違うと思いますよ?」
「なんだろうねぇ」
孤独で、周りを嫌っている姿が、過去の自分に重なっただけ。ただの気の迷いかも。
「それよりも、お願いがあるんです」
ナギサちゃんが、顔を近づけてくる。
力強い瞳が迫ってきて、無意識に目を逸らす。
彼女はわかってる。
シャンプーの薔薇香料を間近に嗅ぐと、私は断れない。
「クラスのみんなが、あたしの誕生日パーティーを開いてもらえるらしいんです」
「クラスで、誕生日パーティー……」
まぶしい。
陽キャのイベントだ。憧れる。
「カラオケなんですけど、恵巳さんも参加してくれませんか?」
答えは決まっていても、ほんの少し考える。
「……うん、いいよ」
「楽しみです」
そうと決まれば、善は急げ。
誕生日パーティーといえば、絶対に必要な物がある。
「プレゼントは、何がいい?」
「恵巳さんが考えたものがいいです」
一番、困るやつだ。試されてる。
「いや、自信がないんだけど……。指定してくれた方がラク……」
「あたし、恵巳さんのプレゼントなら、なんでも嬉しいですから」
「欲しいもの、ない?」
「強いて言うなら、燃やせるものか、消耗品ですかね?」
「あー。余命がないから」
「そうですそうです」
今時の女の子って、何を喜ぶんだろう。
ナギサちゃんは不思議っていうか、今時じゃない。
好きな食べ物は煮物とか佃煮だし、ケルト音楽を聞いてる時もある。
よくよく考えれば、私はナギサちゃんのことを、よく知らない。
単純に、ガードが強固だ。
どれだけ仲良くなっても、水族館の水槽みたいな、分厚い壁が常に立ちふさがっている。
これを打破する方法は、ひとつしかないかな。
「ねえ、ナギサちゃん」
「なんですか?」
細くてしなやかな手を掴むと、華奢な肩が跳ねる。
心の奥底から、腐った血液みたいな感情が、垂れてきた。
「一緒にお風呂入らない?」
「……え? えっ!?!?」
かわいらしいお嬢様が、はじめて見せてくれた、恥じらい顔。
左肩に、青薔薇のつぼみが、膨らみはじめた。