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改稿前原稿保管庫 第6話 自己紹介した【薔薇食む】

 受験後、せわしない準備期間を乗り越え、ようやく入学式が訪れた。
 ナギサちゃんと一緒に初登校中。

 背中を丸めていると、周囲からの視線が突き刺さった。

 私がアラサーだから奇異の視線を向けられているのか、それとも、ナギサちゃんの容姿に目を奪われているのか……。
 きっと、両方だ。

 ようやく校門の前までたどり着いたのに、足が止まる。


「どうしたんですか?」
「私が入ったら、不法侵入にならない?」


 校門。つい最近までは、くぐったら逮捕される場所だと、恐怖していた。
 本当に入って、大丈夫?
 制服を着ていても、冷や汗がにじむ。


「恵巳さんは、心配性ですね」
「気にしすぎ?」
「もし犯罪者になったら、一緒に逃げましょう? それなら、怖くないですよね?」
「逃げる……?」
「警察を振り切って、旅行するんです」
「……安全のさせ方、違うでしょ」
「ふふふ。確かにそうですね」


 ナギサちゃんの穏やかな笑みを見ると、頬が軽くなる。

 逃げて、いいんだ。
 いつでも、どこへでも。
 彼女と、一緒に。

 校門を通り抜けると、虹をみたような、晴れやかな気分になった。


「ねえ、ナギサちゃん」
「まだ怖いですか?」
「ちがくて……」


 提案する前に、喉が鳴った。


「交換日記、したいな」
「え、いいですね。やりましょう!」
「高校時代……えっと、前の高校時代に、やってたんだ」
「誰と、ですか?」


 ナギサちゃんの瞳が、貞子さんが出てきそうなくらい、怖い。


「えっと……その時、好きだった女の子」
「いたんですか」
「でも、嫌な終わり方をしたから……」
「あたしに、塗りつぶしてほしいと?」
「……ひどい、よね」


 自嘲する気にもなれない。


「考えておきます」
「……うん」
「それよりも、入学式のあと、自己紹介がありますよ」
「あっ!」


 緊張で忘れてた……!


「不安なんですか?」
「今時の自己紹介ってどんな感じ?」
「時代で変わるものじゃないと思いますけど……」
「本当に、そう、だよね……?」


 妄想してしまう。
 実は私が知らないルールがあって、間違えると笑われるんじゃないかって。
 そんなわけ、ないのに。


「無難が一番だと思いますよ」
「それでいいのかな?」
「最初は波風立てない方がいいです」
「……うん」


 無難が一番だけど、自分を端的に紹介しないといけない。バランス感覚って、どう養えばいいの?

 私とナギサちゃんは、同じクラスだった。
 嬉しさに足取りを軽くしながら、教室のドアを開ける。

 すでにグループができている。中学校からの仲なのか、数分で打ち解けたのか……。どちらでも、私には真似できなさそう。

 学校の人間関係は、こわい。
 仕事の関係とは、全く違う。
 金銭のためでなく、利害の薄いつながり。

 ただ単に、好きだから、話が合うから、つるむ。
 移り気な気持ちだけでつながるのが、しんどい。

 入学式が終わり、自己紹介の時間がやってきた。
 クラスメイトたちが席順に起立し、テンプレ通りの文言を告げていく。

 私は、一度目の高校時、盛りすぎて失敗した。
 入社時は、自分を押し殺して、名前も覚えてもらえなかった。

 私の前に、ナギサちゃんが立ち上がる。


「兎本ナギサです」


 トランペットみたいに、はっきりした声。指揮者みたいな、堂々としたたたずまい。
 クラスの空気が、華やかに彩られた。 


「時間がないので、手短に」


 ナギサちゃんの突拍子もない行動に、目を声をあげそうになった。
 袖をまくり、緑の痣を、クラス全員に見せつけている。


「あたしは、青薔薇病にかかっています。2年半後には、遠くにいるでしょう。卒業できません」


 口を開けない、空気。


「もし、それでも仲良くなってくれる人がいたら、嬉しいです」


 たった、それだけ。ナギサちゃんは優雅に、上品に、腰を下ろした。
 何をしたかったのか、わからない。
 彼女は頭がいいし、私よりもずっと先を見て、行動しているのだろう。 


「……きもっ」


 羽虫のような声だったけど、確かに聞こえた。カラスの死体に唾を吐き捨てるような。遅れて、小さなあざ笑いが、空気に溶けた。

 誰の口から出たのかは、わからない。

 私の番が来て、音を立てながら、無理に背筋を伸ばす。


「鳥海恵巳、です。33歳。えっと、色々あって、この高校に通うことになりました。皆さんと比べると、年いってますけど……」


 乾いた笑い声が、いくつか聞こえた。


「ナギサちゃんとは仲良くさせてもらってます。えっと、その、彼女の病気を、笑わないでください」


 自己紹介で、何を言っているんだろう、私。


「私は、病気のナギサちゃんだから、一緒にいられるんです。だから、きもいって言わないで」


 きっと、最悪なこと、口走ってる。

 完璧なナギサちゃんだったら、私は一緒にいられない。
 住む世界が違うから。

 私、何考えてるんだろう。
 わかんない。

 でも、いいや。どうにでもなれ。よくよく考えれば、 私のことを知るのは、彼女だけでいい。ナギサちゃん以外、いらない。


「終わり、です」


 後悔はあるけど、スッキリした気分だ。


「きもすぎだろ。きっつ」


 まるで動物の死骸を踏んだような空気の中。うしろの席で、男の子が、吐き捨てていた。

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