薄暗き街、旅人が暖を求めて集う古びた宿屋の一角。エール風の杯を片手に、私は次の冒険譚――失われし竜の宝珠の在り処を示すという、古文書の解読に没頭していた。いや、没頭しようとしていた、と言うべきか。
隣の席に、風雨に晒されたと思われる不思議な旅装の男が腰を下ろしたのだ。歳の頃は…判然としない。日に焼けた顔には深い皺が刻まれ、その瞳は多くの戦場を見てきた者の色をしていた。彼が注文したのは、ただの水。懐から取り出したのは、使い古された革袋のようなもの。ここまでは、ありふれた光景のはずだった。
だが、私の目を釘付けにしたのは、彼がその袋から取り出し、テーブルに広げたものだった。それは上質な羊皮紙の巻物などではない。ましてや、磨かれた石板でもない。どこかの――そう、例えば露店で買った粗末な品物の代価を示した証文のような――奇妙に薄く、頼りない紙切れだったのだ。時折聞く「レシート」とこの世界で呼ぶ、そんな紙に。
彼は、極細の炭筆で、その儚い紙切れに、何かを一心不乱に書きつけ始めた。その文字は小さく、密集し、まるで秘密の呪文か、あるいは解読不能な古代ルーンのように見えた。
一体、何を書き留めているというのだ?
かの混沌の女王への、闇の誓約か?
遠い故郷に残してきた、愛する乙女への悲痛な愛の詩か?
それとも、忘れ去られた神々の時代の、恐るべき魔法の設計図か?
あんなにも脆く、日常的な紙片に託されるには、あまりにも重すぎる秘密に見えた。その奇妙な取り合わせが、私の心を激しく揺さぶった。彼の表情は険しく、時折、窓の外に広がるであろう黄昏の空(宿の窓に建物があり実際は見えないが)を睨みつけ、固く拳を握りしめている。まるで、世界の運命を左右する言葉を紡ぎ出そうとしているかのように。
結局、彼が立ち去るまで、その紙切れに何が記されたのかを知る由もなかった。風のように現れ、風のように去っていった謎の男。だが、確信している。あの安っぽい紙切れに刻まれた言葉は、彼にとって――いや、もしかしたらこの世界そのものにとって――無視できぬ意味を持つものだったのだろうと。