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見る人

 ビジュアル・アートが好きです。カリカチュアも肖像画もデザインも好きですが、なかでも一番好きなのは風景や建造物(と人の対比)を描いたものです。ああ綺麗だなあ〜と色合いや質感を見ることもあるし、物語を感じることもある。こういう好みってどうやって生まれるのでしょうかね。不思議だなあ。

 なのでインスタを眺めることも多いのですが、ふとプロの写真家はやはりプロだ、と気づきました。CGやVFやAIの進歩で、アート・デザイン業界も打撃を受けると言われていますし、AI生成の画像はどんどんホンモノと見分けがつかなくなってきている。

 ……だがしかし、そもそも”ホンモノ“のアートとは何であるか。マニュアルにつくられたもの?

 プロの写真を美しいと感じるのは解像度や彩度だけの問題でなく、”視点“の問題だと思うのです。何をどのように見るか。俯瞰・仰望、シンメトリー、ジェオメトリー、対比、覗きみる、フレームをつかう、リフレクションetc。同じ風景を目の前にして、どう捉えるか。この捉え方の違いで同じ風景がダイナミックに見えたりロマンティックに見えたりするのです。言い方を変えれば、こういう特別な捉え方をして作品として切り出し、観客に見せてくれる人がプロ。作品という人工物の出来が技巧的で緻密で素晴らしいからアートである、というより、絶対的な美である自然や生命や人間存在の喜びみたいなものに気づかない私たちとそれを媒介してくれる、新しい視点を提供してくれるのが、プロのアーティストなのではないかしら、と思いました。

 そう考えると、AIがアーティストを超えるのは不可能でしょうね。AIは過去の作品を参考に“製造”することはできても、自然・風景・人間関係という抽象的に脈々と存在しているものの『何が美しくて』『美しさを切り取る』ということを理解することは難しいように思います。とても直感的で帰属的(人間は自然の一部だから)な関係から成り立つ行為ですから。

ロイスダールの『小麦畑』(メトロポリタン美術館)

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