このエッセイのタグには“調べもの”がありまして、方向性としては、何かそれまで知らなかったことに気づいてから、調べてみてこんな面白いことが分かった! ……という話をしたいと思っているのです。が、最近は自分のことばかり書いているような。すみません……
最近面白かったニュースと言えば、冬季五輪やWBCで豪州チームの礼儀正しさについて(賞賛する)の日本語記事をいつくか読みまして、嬉しくなりました。けれどもそもそも、異文化に対する敬意を持たなくては豪州のような多民族・多文化社会というものは成り立たないので、「特別礼儀正しく見える」のは、一体何と比較してなのかしら…… と思ったり。
オーストラリアの人々は多くの場合優しく公共マナーも良いというのは本当だと思います。国内での野球人気の低さには気の毒になるのですが、…… もっと設備を良くできるくらい観客もプレイヤーも増えることを願っています。バスケットボール・リーグも、もうちょっとスポンサーがほしいところ……!
自分語りに戻ります(すみません)。
『悪妃と贄』にイラストを戴き、喜びに浸っているところなのですが、評価戴いたところも指摘戴いたところも見直さなければ今後に活かせないだろう、ということで、ここに記録しておきます。一人反省会です。(以下ネタばれを含みます)
第八回偽物川小説大賞のテーマは『悪』。初めに構想したのは20世紀初頭のエジプトが舞台で、歴史遺産を勝手に持ち出ち、現地の人々を蔑ろにする列強国の欺瞞としての悪を書くものでした。なのですが、資料を読むのに時間がかかりそうで諦めました。これが冒頭とエピローグ部分に現れています。
本編の物語はご想像の通り、アステカ文明の滅亡が下地となっています。詳細に調べてはいないので、架空の国のファンタジーです。ここに、国を崩壊させる諸々”構造的問題“に抗おうとする王妃という配置でした。
「不器用な人」と描写戴いたとおり問題点が二つ、まず根本的に書いている人が現代人なので、王妃の思考が大分“近代的”に見える。時代もの小説を一人称で書くリスクとして、当然私たちは、当時の人々の生活習慣や信仰によって培われた思考や感情というものが分からない。転生チートでない限り……
王妃の“悪”というのは、社会問題に対して《《私的な事情》》から憎しみを抱いていることだと思っています。娘とあの子を奪った奴らが許せず、王妃という権力と金をつかって、どんな手段をもってしても支配権を奪おうとする。正義感や思想信条からではない。(のですが、結果そう見られるかもしれない)
しかし旧態依然とした貴族や神殿や郷主や平民も、外部からの侵略者も、『堕落した』『強権化した』『悪くなった』のには理由が有るのです。土地が豊かでなかったり、お金が無かったり、教育を受けられなかったり、ずっと他国と争ってきていたり。
本編の物語に登場する全てのものが“悪く”、そして“悪くない”。そのような循環はヒトがつくりだしたもので、世界(神)は何もせずそこにある。というようなことが書きたかったのですが…… 抽象的ぃぃぃ
抽象的なものを想像で埋めて楽しんで読んでいただく、という状況に持っていけるかどうかは、その解像度をどのように調整するか、また書く側と読む側の好み(フィーリング)が合うかどうかという問題と思います…… いや、書いているほうは、そういう曖昧さに頼ってはいけない…… 反省。
ももなあさん、素敵なイラストを有り難うございました!
