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シノニム

 英語を習い始めた頃、類義語辞典が必要になることなぞありませんでした。センテンスをつくるだけで精一杯。少し慣れてくると、…… すこぶる大切でした。編者の皆さま、有り難うございます。無下にしていたのではありません、重要性に気づくほど英語を使っていなかった私の問題!

 母語については、類義語のストックが頭の中にある。小説などを書いていて、どうしても的確な単語が思いつかない場合に使わせてもらいますが、外国語だとそもそも憶えていて使える単語が少ない。受験や資格取得のために憶えた単語は、憶えているだけで使えない・応用できないんですよね。

 逆に母語で文章を書いていると、こんな単語や言い回し、いつ憶えたんだっけ? と自分でも使えることが不思議な状況がままありますが、まあ、どこかで目にしたことがあるのでしょう。たくさんの単語を知っていても、高尚な、または美しい文章が書けるというわけではありません……

 これまた英語学習に四苦八苦していた頃(今もですが、《《当時》》という意味であります)、誰が言っていたのか、家で毎日英語のラジオを流していると、自然と聞き取りができるようになる。注意して聴いている必要はなく、家事をしながらでもBGM代わりに流しておけばいい、というのを半信半疑に思っていましたが、これは割と真実かもしれない。

 慣れ、英語を話す環境のリズム感のようなもの、切り替わった時にすぐそのリズムに乗れることも重要なのかな、と思います。そのリズム、聞く・話すでも読む・書くでも、が身体に馴染んでくると、新しい単語や言い回しも、もっと順応に早く適切なところにはめて使いこなせるようになる、のではないかな。

 一度書いたかもしれませんが、スピーキングの習得は量だと思います。話すことが好きな人は、きっとどんな言語のスピーキングも上達が速い。この場合《《上達》》というのは、たくさん単語やフレーズを使えるということではなく、上手くコミュュニケーションを取れるということです。

 ごくまれに(アセスメントなどで)自分のスピーチを録音しなければならないことがあるのですが、聞き返してみて落ち込むこと甚しく、今回こんなことを書いている次第です。敢えて申し上げますと、私は書くことが好きで、文章は比較的さらさら書けますが、話すほうはあんまりです。推測するに《《私は書くように話している》》。Jさん曰く「すみさんの話し方は難しいんだよ…… もっと簡潔でいいと思う。物知りなのは分かるんだけど」

 ということで、言語は頭で憶えるだけでなく、身体でも覚えるものなのですねえ。英語もそうですが、普通話の勉強を始めて、リズムや韻を重視した言語なのだと気づきました。唐詩などは最たるもので、「その言い回しだとスムーズに発音が続かないから、こちらの言い回しをする」みたいなことがままあるように思います(第二言語として見て)。話す時も結構ノリで乗り切れるような…… Jさんのお陰かもしれませんが。普通話は毎日家で使っているので、私にとってはもっと“生活語”になっていて、英語はやはりまだ”学習対象“なんだろうなあ、と思います。

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