• 異世界ファンタジー
  • 創作論・評論

第119話 識字率の実態、縦型の算盤(捕:老先生と杖使いの女子)

 江戸時代は同時期の世界の中でも跳び抜けて識字率が高かった(英仏では3割に満たないのに江戸時代は6割以上だった等)というのは「識字」の定義が違うことに起因する誤解です。江戸時代には真面な統計調査は実施されていませんが、明治初期の調査では以下のような感じです。

 文部省の調査で「自分の名前が書けたのは男性で40%~90%、女性で4%~50%(女性は40ではなく4です。地域差が大きい)」。長野県の調査で「新聞を読めた男性は1.7%」。和歌山県の調査で「手紙を書けた男性は10%」という為体でした。また学校整備前の明治初期の寺子屋の男女比は約4:1でした。

 四協帝国の普人地域も「郷士以上と有力平民のみ実用的な読み書きができる」と設定しています。魔法素質割合に男女差は無いのですが、それでも「学舎」の男女比は2:1くらいに留まっています。尚、森人は全員が素質持ちですから男女全員が読み書き計算できて、森人地域の普人の識字率も高いです。

 算盤の一般名がアバカス(セム語「塵・埃」が語源。砂を撒いた上に石と溝で計算したのが起源)。ギリシャ・ローマでは溝に玉を乗せて動かしていて、中国で玉を軸に通す方式が発明されました。後者の方が圧倒的に速く計算ができますから、西欧のアバカスも中国式になっていきました。

 そして「玉二つ(5を表す)と玉五つ(1を表す)」が十進法の基本配列ですので、我等世(ウィラルテ)でも採用しました。ちなみにローマでは二十五進法の「玉二つ(5を表す)と玉四つ(1を表す)」でした。玉を横に動かすアバカスの子孫は、現在でも西欧やロシアで使われています。

セフティラ(Sefteir)
 古英語で「柔らかな(sefte)」(soft語源)「空気(eir)」(air語源)。「柔風さん」。
イルヤ(Yrja)
 古ノルド語で「火」。第二段階の火の杖使いまで達する14歳の女の子。

斉藤康雄『識字能力・識字率の歴史的推移』
島村直己『近代日本のリテラシー研究序説』

 AI画像は「縦型の十進法式算盤」。グラフェルなので竹と天然石で作られていますが、森人地域では白木と魔法石になります。

8件のコメント

  • おお。竹&天然石の算盤!オシャレです。

    『識字能力・識字率の歴史的推移』
    『近代日本のリテラシー研究序説』
    毎回、とても面白うな本をお読みですね。しかし、絶対、文字数多くて読むのに時間もかかりそうな本なのに、こんなに読書量が多くて凄すぎますっ。
    以前、同位体考古学のお話が面白くて、私も詳しい本、読みたいな〜って探したんですが、Kindleの電子書式版には全く引っかかってこなかったです。涙。
  • 算盤の画像、綺麗ですね。竹の枠がいい感じです!
    そして、なぜか玉が団子のように見えて……。美味しそう……(笑)。

    そういえば、日本の算盤も昔は下段は5玉だったので、
    日本の江戸時代とウィラルテは、近い感じがしますね。
  • 苗田はな様
     有難うございます! インテリアとして売れたり……しませんかね。安定同位体考古学は
    『古人骨を測る:同位体人類学序説』(日下宗一郎 )
     が基本かと思いますが、kindle無いみたいですね。あの回は色々な論文やナショジオ記事などを参照しています!
  • 翠川 あすか様
     はい、AI様、5枚目くらいで良いのを描いていただけました。そう言われればお団子にも見えますね。森人版も美しいなのですが、上げる機会は無いかもしれません……。

     この「2+5」が「1+5」になって「1+4」は日本の発明です。高速計算が可能な代わりに初心者には敷居が高くなりました。中国の教育現場では逆輸入された日本式だそうです!
  • 算盤、かっこいい〜!
    竹と天然石でこんなに印象が変わるのですね!でも、一目で算盤と解る!
    識字率の話は興味深かったです!高校生のショウくんは、どこでこんな知識を得たのか。興味の向く先が多方向すぎて感心するしかありません。きっと紫瞳さまのように知的好奇心旺盛な学生だったのでしょう。
    識字率の話と関連して思い出したのですが。私の長生きした曾祖母は明治中期の生まれでして、なぜかカタカナで文字を書く人でした。父に届いたカタカナだけの金釘文字のハガキを見て、驚いた憶えがあります。
    そして、祖父は島の漁師でしたから、小学校すらも出たか出てないか…だと思うのですが、いつも縁側で筆と墨を使って書き物をしていまして、とても達筆だったんです。集落の赤ちゃんの命名書なども一手に引き受けてました。祖父の同世代だと、田舎では、新聞も読まないし名前を書くのがせいぜいという人も多かったように思いますから、不思議だったのですが、祖父はお寺で習ったらしい。成人してからはずっとお寺の役を何かしらしていたようなので、書く機会も多かったのですね。そんなふうに、お寺が学校の代わりのようになっていた側面もあったと知って、感慨深かったです。
    長々とすみません!
  • 佐子 八万季さま
     ショウくん、そう言えば高校生でした(笑)。でも好奇心旺盛な子っていますよね。うん。いるに違いない!

     戦前まではカタカナが公用文書に使われていましたから、戦前教育を受けた方はカタカナの方が馴染みがあるかもしれません。そして島の漁師さんで、周囲が分盲に近かったのに達筆だったご祖父さま、向学心のある方だったのですね。ショウくんの祖先かも!?

     寺子屋ですから、お寺が学校であり役所でもありましたよね。昭和前半くらいまでは、まだまだそのような文化的拠点の役割を果たしていた地域もあったとは。興味深いお話を有難うございます!
  • 綺麗ですね!!
  • 栗パンさま
     有難うございます! 中国伝統式の算盤の配列で、でも異世界風に縦型としてみました。竹と白石、なかなか良いのが出来たと思います!
コメントの投稿にはユーザー登録(無料)が必要です。もしくは、ログイン
投稿する