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【一刀両断】戦法と呼ぶ

【花天月地】第42話に出て来る
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『なぜ、貴方は私が現われて欲しいと思う時に現われてくれるのですか?』
『それは、俺がずっと君に聞きたかった言葉だ』

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というやり取りですが、

長編小説を読んでいて、この人の話、掴みにくいなと思う話の共通点があります。

謎や、伏線はいっぱい書くけど、


何かを言いきっているシーンがあまりに少ないもの。


これは読み手からするとずっと霧の中を歩かされてるような感じで、方向感覚を失うため、あまりよくないことなのです。

捜査ドラマとかを見ていると、何か手がかりを随所にちりばめて、視聴者の意識を「誘導」するのですが、中にはその手がかりでも、間違った手がかりなどがあり「怪しそうな人間に敢えて見せるが、犯人ではないというパターンを作りたい時」どこかでその手がかりは間違いだったんだな、ということもちゃんと分かるようになってたりします。


長編小説、謎や伏線はたくさんあってもいいですが、定期的には幾つかの答えを解放し、読み手に「定期的に充実感」を与えることは重要です。


うちの陸遜は、非常に呉においての重臣となる運命を持った人ですが、
他国の人間を他国の人間であるからといって、軽く見たりすることがない人格者です。

戦が無い時は外交においても力を発揮し、話が出来る人間とは国を問わず話を試みました。

だから【花天月地】において当初から狙いがあったのですが、
折角三国なので、三国に一人ずつ、陸遜と縁の深い、特別な人間を置きたいと一番最初から考えていました。

呉は言わずもがな甘寧ですが、

魏は司馬懿。これは史実でも陸遜と同じ時期に軍権に関わって来る男なので、若い時に二人が会っている、お互いのことをよく知っているというのはなかなか戦記物としてロマンがあるので、隠れ第一部から司馬懿とは二度、陸遜は戦場で戦っており(※短編花天月地【紫闇】に描かれてる部分です😊)陸遜の才を気に入った司馬懿が隙をつき、彼を魏に拉致する形で今陸遜が魏にいるわけです。

夷陵とかは呉と蜀の戦いなので、その戦いを魏で報告を受けながら見る司馬懿の心境とかを書く想像すると、とてもワクワクしますよね。

夷陵は特に、呉の人間すら陸遜じゃ指揮を取れないと疑ってかかったほどの大舞台。

だけど私は思うのです

以前から、陸遜は会って話せば、誰とでも落ち着いて親交を持てる人なんじゃないかとそのコミュ力の高さに非常に感心しているので、
陸遜に実際会った人は、彼の人となりや人間としての圧倒的な生きるパワーを感じ取れると思うのですよね。

夷陵の戦いの時に、他国にいても、陸遜なら戦果をあげてくるはず、と思っていた人がいてほしいのです。実際の史実では陸遜はずっと呉にいますので、他国の人は無名の武将が大勝利してそら尚更驚いて度肝を抜かれたと思いますが、
彼を知っている人が「陸遜? 誰それ? 知らないなあ。新人? 大切な荊州の最前線にそんな人間持って来るなんて、よっぽど呉って人材いないんだねwww」と大概の人間が嗤ってる時に、じっと何かを感じ取ってる描写を書いたら素敵だと思うのでぜひそういうのを書きたいのです

司馬懿とは愛情とかではないけれど、互いをとても知っているという点で、うちでは縁の深い関係になっています。


好きなんですよー。


敵に評価される、とかカッコよくないですか!!

私の大好きなアスリートの一人が、世に初めて出て来た新人の頃、とあるチームと戦ったのですが、その試合で無茶苦茶大活躍をしたのです。
その試合の後、そのアスリートと対戦した、敵のチームの複数の人間が、監督に話に行ったらしいのです。

「あの選手は凄まじい。絶対に(うちの選手として)獲得すべきだ」

と。
格上の対戦相手の、しかも敵側の選手が監督に「あの選手獲得すべき」などというのは非常にその世界では珍しいことであり、(監督の一存で選手を取れるわけではないので)それほど圧倒的だったんでしょうね。

敵に評価されるってとてもカッコいいのです。
三国志は敵に評価されるような豪傑いっぱいいますので、どうぞその敵同士だが実力を認め合うというかっこいい人間関係をご堪能ください✨


話は少しずれましたが、


蜀は長い間陸遜にとって【宿命の相手】を誰にしようかなと思っていたのですが、
孔明先生はちょっと違うんですよ。彼の宿命の相手は劉備なので、やはり一対一で星が向き合う相手がいいのです。

姜維は孔明先生亡き後も北伐とか行っているのが非常に雄々しいんですが、私としては北伐(帝をお助けするために長安、洛陽を狙う)というのは、劉備の系譜の宿命なのは分かるんですが、蜀の民には絶対やめた方がいいと思うので、そういう意味ではちょっと姜維は孔明先生と劉備に対しての忠義は見事ですが、国の統治者としては民のことをあまり考えてない面があるので、そういう点、国の為に国民のことも考えて自分の命も犠牲にした陸遜に対して見劣りする面があると私は思うため、姜維もちょっと違うのですよね。

龐統先生は陸遜と縁深い人になりましたがあれは人の縁。
陸遜が人格者だったために他国の龐統とも特別信頼し合えたというものなので運命に導かれた宿命というわけではないように描きたかったので、これもちょっと違う。

趙雲とかはね……。

結構一時悩んだんですよ。国に人生を捧げる、その姿勢はちょっとこの人陸遜に似ているのです。
私欲を遠ざけ、正しいことを成そうとするような所もかなり天秤として陸遜に釣り合うので。

しかしこの二人が唯一似合わないところは、

不器用な所です😊

国に忠義を尽くしながら他国の人間を想う、そういう描写が極めてどちらも似合わないのです。
この二人の場合隠れて想い合う描写などは逆に彼らが持つ「清廉さ」みたいな美徳を曇らせてしまう可能性があり、だったら戦場で認め合うシンプルな感情の方が素敵だなということで趙雲様も違う。

そこへ現れたのが徐庶です。

徐庶なら陸遜を理解出来るし、陸遜も徐庶を理解出来る。

双方「ままならない事情で敵方についた」という経歴を持ち、
私前も言いましたが徐庶で一番好きなのが魏に行った後もちゃんと軍ではありませんが行政官として仕事をして、魏の民として暮らしている所が大好きなのです!
いじけて引きこもって暮らしたわけでは無いのですよね。

そこが凄くいい!

三国志には運命を受け入れられず死ぬことになるような人も出て来ます。

徐庶は一番欲しい運命じゃなくても、自分にあてがわれた運命を受け入れて、生きて行った。
長く魏で仕事をして生きたなら、きっと友人なども出来たと思います。
全ての願いは叶わなかったけど、
でも自分自身の人柄で自分の居場所をちゃんと作り、笑って、生きれるようになることは余程強い心と明るい魂が無いと出来ないことだと思うのです。

三国志や三国志演義などでは魏に行ったあとの徐庶の消息はほぼなく、史実において任官の記録から「魏の行政官として仕事をして生きた」と読み取れるだけなので、
三国志的には魏に行ったあとの徐庶のことなんか誰も気に留めてくれないのが、私的には結構気に食わないのですが、

私は実は徐庶という人で一番大好きな設定が「魏でもちゃんと孔明先生と同じくらいまでは生きた」という部分なのです。

どんなに自分が運命に見放されたと思っても、
徐庶には絶望しない、本当の、人間としてのタフさと強さ、明るさがあります。


これこそ陸遜も同じものを持っている!!!✨


と思う部分で、


私は徐庶と陸遜に関しては「この二人の関係性」は別に謎でも伏線でもなく、圧倒的明らかでいいと思っているのです。

だからこの二人に関しては関係性を言いきっています。

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 徐元直とは、

 結局、

 人生の最後まで、その問いを繰り返す関係になる。

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という一文をもうこの段階でビシッと言い切る。


たくさんキャラを出すのは長編小説において悪手であることは皆さんもう分かっていると思いますが、
ある程度の対処の仕方はあります。

要するに不特定多数を、曖昧な状況にしておくことが読み手の負担になるのであまり良くないのです。

前に「コロニーをつくることで、多少登場人物の多さには対処出来る」と書いたことがありますが、立場を明記することで、『この人はあの人の親友だ』などと飛躍的にそのキャラを捉えやすくなるのです。

キャラを関連付けるわけですね。

勿論役回りを考えることは重要ですよ。

何か意味を持たせてキャラを出さねば、いくら関連付けても「この魔術学院系何人出てくんねん!! 特にやらせることも無いなら出すなよ!!」などと思われかねないので、作者として「あのエピソードの為にこのキャラ出そう」という勝算がきちんと無いキャラは出してはいけませんが、

はっきりとあのキャラの幼馴染みで許嫁、などと関係性を言い切ることは、結構読み手に多くの人間関係を把握してもらわねばならない長編小説において有効なことなのです。


徐庶のことを曖昧にし続けると、司馬懿との関係性も曖昧だし徐庶との関係性も曖昧で、同時進行すると、これは読み手にはストレスになるなーと思うので、実は書き方として司馬懿との関係性は流動的ですが、
徐庶との関係性は定期的に未来のことまで見通しを立て言い切っているので、
こちらは関係性を読み手が模索する必要性がなく、

徐庶と司馬懿はそういう書き方の違いが現われています。




恋愛小説とか書く時もこういうのは有効だと思います。

二人の人間が出て来た時、主人公がどちらに対しても中途半端で曖昧な対応をしていると、結構主人公にムカついて来ませんか?

しかし二人の人間が出て来ても主人公の気持ちがどちらかに対して非常に明確だと、逆に主人公の意志の強さが強調されて、異なる人間模様を楽しめると思うのです。


【晴明】で蛍姫の描き方なども、この戦法を使って「明瞭な部分と、曖昧な部分をきちんと差異化する」ことをしています。立場も言動も曖昧なキャラにすると、非常に読み手にとってはストレスを感じる人間になってしまうこともあるので。



長編小説は定期的に、言い切るシーンを書きましょう!

セリフでも、ナレーションでもいいのです。

何もかも同時進行の謎とかにしないように、定期的に謎を解放し、読み手に「そうだったのか」「そうなのか」という充実感を与える。

これは長編小説を読んでもらうための工夫の一つだと思いますね。



結構作者自身も未来を見通せていないのか分かりませんが、
長編小説で「〇〇はこうである」「〇〇はこうなる」と言い切る文章ってあんまり見ないのですが、私は非常に大好きな書き方なので、たまに見つけるとすごく嬉しいんですよね。

プロの作品には結構あるんだけどなー。

【剣客商売】にもありますよ。
第一シーズンの最終話【兎と熊】で、兎のお嬢さんと結婚してお医者さんになる熊さんが「二代目として小兵衛の死を看取ることになるのはこれよりも三十年も後のことである」というナレーションがラストに入ります。

その後もかなり死闘エピソードがありますけど、第一シーズンにこのナレーションが入るので、小兵衛さんは途中で誰かに殺されたりしない、ということがはっきりとこの時点で分かるのです。

でもだからといってこの後のエピソードが面白くなくなったりハラハラしなくなるわけでは全くない。

全ての未来の発布が「ネタバレ」というわけではないのです。

未来の展開を言い切り、読み手に「考えることの範囲を明確に見せる」という長編の技術の一つなので、
何でもかんでも謎や曖昧にすればいいというものでは無いのだと思います。

実際「ネタバレは嫌い」などと言っている人でも、
大勢の登場人物が出て来る話で、多くのキャラがどんな意図や立場か曖昧なままにされると「全員何を考えてるのかよく分からない。捉えにくい」などと不満を覚える事とかはあると思いますよ。つまり「少しくらいはっきりした確かな情報を提供してくれ」とは少なからず思っているのです。そういうものはネタバレとは違うのでしょう。

長編小説を読みやすくするために、ある角度の未来においては一刀両断で作者が語り切る、という【一刀両断】戦法、かなり有効ですのでぜひお使いください。例によって多用は厳禁ではありますが😊


ということで私も【一刀両断】で徐庶さんを言い切りますが、

うちの徐庶さんは最後の最後まで生き残る数少ない登場人物の一人です!✨

何故そうなのかというと、

私が徐元直の一番魅力だと思うのが魏に行っても生き続けた彼の心と体の頑強さだからであります!!✨

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