小説というのは、自分のお気に入りの箱庭のようなもので。
本当に「上手くなりたい」「こだわりたい」と思ったらどれだけでもこだわれるので、成長にある意味果てが無いのが、私が生涯を捧げてもいいと思うほど難解な仕事だよなと思う部分で気に入ってる所なのです。
まず【基礎的な文章力がある】
こんなものは一番低いハードル。これを身に着けるためにひたむきな努力が出来ない人やこの部分に生成AIを使うようなヤカラは絶対【書くこと】を仕事には出来ません。
いっちばん簡単に才能とかセンスとか関係なく、自分の地道な努力と分析で身につけられることです。
次に【文章の校正が出来る】
いわゆる、私がよくやってる作品を見て、いい面悪い面を発見抜粋できること。
いわゆる基礎的な文章のルールや書き方が把握できているので、それから外れているものは難なく除外出来、文章における技術以外の「いい」「悪い」も判断出来るようになる。
この時【理由も明記】すると、「なんとなくあの作者の週間〇位だとかいちいち浮かれてる感じが腹立つからあいつの文章読みたくないわ」みたいな感情論の話にならないで済みます。
「この作品のここの表現は技術的に間違っていると思う」
「この作品のセリフは全体的に軽い。余計な雑談が多い」
こういうのを自分で判断出来るようになります。
またこの第二関門に突入した人の特徴は【自分の作品すら、判定できる】ことです。
なんか昨今AIに読ませて批評させるなんていうのが流行ってるようですが、そもそもそこが違う。
自分で自分の作品のいい部分悪い部分も読んでて発見、修正出来るというのも一つの書くための優れた能力です。
AIに読ませて批評させてるなんて聞くと私的には
「なんでそんなことも自分で出来ないの?😊」
しかありません。
これをやってる人は第一関門でもたついてる人なんだなっていうことが一発で分かる。
あとはAIに読ませて誉めさせて虚飾の自己満足を得るためとかは理由ありそうですが、そもそも「他人に誉められないと書き続けられない」の時点で仕事人として気持ちで小説に負けてます。
そんな人はまあ仕事に一瞬したって心折れるでしょうね。
普通は逐一自分の仕事を他人は誉めたりしてくれません。
慣れないと。誉められないことにも。
実力ある人なら自分で出来るはずのことをAIにやらせてるだけなので、これも非常に表立ってやってる人は私的には印象悪いです。別にやってればいいけど、自分の作品を自分で校正も出来ないレベルの人なんだなって思う。
この次なんですが……。
もう正直第二関門が出来るようになったら自己回復システム搭載作家みたいになれるので、実の所自分一人でもどんどん書くたびに上手くなって行けます。
最も作品として成長が見込めるのがこの段階に入ってる人で、
日に日に良くなる。
ですがこれをやっているとさすがに「もうとことん良くなったよ😊✨」っていう納得の状態、完成形に作品がなることがあります。
次なんですよ。
私は最近この次の段階はこれなんじゃないかな?
というものを見つけています。
それが【語感、音感】。
これ、段階的な順番は守って下さい。
まずは基礎的な部分。
次に構造的な部分。
これを修正した後に拘るのが【語感、音感】です。
これ一番最初に【語感、音感】だけに拘ると、中身スカスカのかっこつけセリフだけになっていわゆる人間で言うと「あいつの言葉軽いな~~~~~~っ」っていう作品になりかねません。というかこのタイプものすごいます。カクヨムにも。
なんや色々書いてるけど、もうなんかテンポとリズムだけ!
小説家じゃなくラッパーにでもなれよっつうくらい言葉にテンポとリズムだけ! いや優れたラッパーの方がこのテンポとリズムだけの小説家よりもセンスと魂とパワーのある言葉を使うでしょう。
も~なんかリズムだけ!! ほんとに。
言葉やセリフの中身がスッカスカ。
スケルトン作家と呼んでます。このタイプ。
言葉を重んじる私にとって一番友達になる気がしねえタイプの奴です。
テンポとリズムだけ! 本当に!
このスケルトン作家の使う言葉に大した意味はない!
絶対コイツの作品で「名セリフ100選お遍路」とか出来ないと思います。
ないんですから。価値と魂の籠った言葉が。
こやつは第一関門も突破してない問題外のタイプです。
だから絶対言葉の意味とか、使い方とか。基礎的な事が出来るようになり、構造的な部分をチェック出来るようになったあとに音感に拘って下さい。
【音感】
と言ったように、まあ小説で言うと【語感】なんですが、私は敢えて【音感】と言いたいです。というかそちらなんだと思う。読んだ時の、音の良さなんですよ。
私は海外ドラマ出身の物書きなので、書き出すシーンを全部頭の中で映像化出来ています。つまり書かれた言葉も全部「音」として、「セリフ」として聞いている状態なのです。
他人の話を読む時も、頭の中で音読して読んでる感覚があり、
その時に、
無茶苦茶【語感、音感】が悪い作品があるのです。
これね……非常に難しい部分です。ちょっと修正力にもセンスが必要なので、実は②の【文章校正能力】があっても、人によっては発見できない人がいる。
【音感】なのですよ。
難しいですね~~~~~~~~~~~~小説ってのは!!!
文字なのに、口にした時の「音感」も重要かい!?✨✨ってなります。
奥が深いな~~~~~~!
でもそういうとこが最高ですね!!
なんかほらゲームとかでも一通りコンプリートしちゃったらやることなくなることあるじゃないですか。
コンプリートするまでは無茶苦茶楽しいんですが、しちゃったらもうなんかやることなくなるんですよね。
聖剣エクスカリバーA~Zまで作っていいから無限強い武器製造とか出来るようにしてくれませんかね。ナンバープレート方式とか使ったら無限強い武器製造システムとか永遠にコンプリート出来ないように出来る気がするんですけども。
無限コンプリート不能はいいんですが、
小説も本当にいい作品を作ろうと思ったら無限にこだわれるポイントが出て来ます。
第三関門は【語感、音感】のような気がします。
カクヨムを読んでいて……。
時折、気を引く作品があります。
いつもならそれはいい作品の中に素晴らしい表現とかを発見した時に足が止まるんですが、違うんですよ。
「ん?('ω')」
って感じで違和感に気づく感じで立ち止まるのです。
長い間私も文章力の問題かなあと思っていたのですが、まあそこそこに文章力はあるんですよ。まあ言葉の使い方もそんなに間違ったりしてない。
でもなんか、変なのです……。
あれ音楽で言うと【音程が外れている】感じのニュアンスだったんですね。
うーーーーーーーーーーーん。
私も今まで数々の難問に「これはこうしたら解決できる!!✨」とまるでジャクソン・ギャラクシーのように答えて来ましたが、これは本当にちょっと解決も難しい問題が出て来ました。
というのも、こうすればよくなるよというのが「音感」で決まるので、私のちょっとセンスも入ってくるし、完全なる「音」でもないので、あとどれだけ音程を変えれば正しいのかとかも、言ってあげられないのです。
ついにこういう領域の問題が出て来ましたね!
でもいいんです!!
私は【小説】も芸術だと思っています!
だから生成AIなんぞ使っても無駄なのです! 芸術だから!
勉強や規定あるものにならAIは有効なツールになることもありますが、芸術の前にはあんな奴らは無力です!!
あいつらに解決したり向上出来ない領域に、
人間の手や心で行うことの意味や意義がある!!
と私は思っているので。
難問大歓迎であります!
実は……私はアーティストのライブが苦手です。
誤解されたくないんですが歌や音楽はものすごく好きです。常に聞いてます。
私がライブ、キライな理由はただ一つ。
【ライブなので音程が外れるから】
です。
言い方が正しいのか分かりませんが、音程が外れた歌や曲って本当に聞いてて気持ち悪くなるし、不快になるのです。
ライブは、ライブなので、当然音は絶対に外れます。
ちょっとでも音程外れると私はうがああああああああああ😱💢💢ってなるので、苦手なんですよ。ライブの音源。
しかし、友達にもアーティストのライブ好きな人がいます。
ライブの醍醐味はそもそも、その日限りの音程を楽しむものなんだろうなというのを彼を見ていると感じます。
ライブで音程が外れるのは「下手」ではなく「パッションだ!✨」ということらしいのです。
確かにライブは生演奏。
その日限りの音源になります。
声の掠れ具合、アドリブの声掛け、パフォーマンス。
その日限りの一期一会。
私は音源には正確性を求めていますが、
彼らが求めるのは正確性よりも感受性豊かであること(私も音楽は感受性見るんですが、音程外されるのだけはキライ。【間】とか【その日の声や音の塩梅】などは多彩でも全然いい。むしろ日によって違うのが良いと思う。【音程】だけは許容範囲があるので外れると嫌だ)のようなのです。
その日限りの一期一会の魅力は私も分かりますが、
眉を顰めるほど音程外されると、一期一会もクソもありません。
そんなヘタクソな音には一生出会いたくなかったと思うばかりなので、
私はかなり【音感】に厳しい人間であることが自分でも分かったので、こういう人間はあまりライブには向かないんだろうな~と思います。
スポーツはリアルタイムとかライブが大好きで試合見るために夜中とか起きるくらいだからライブも好きなんかなと思ったんですが、全然そんなことなかったです。
ああ!!!!! ただ、W杯で【ナショナルアンセム】ってありましたでしょう。
普通は音源があって、流すんですが、
たまにライブバージョンでアーティストが歌ってくれたり演奏してくれることがあります。
それが音程外して来るとやっぱりあああああああああああああ!!!!😱💢💢ってなってること多いので、やはり私は音程とか音感は気にする感性があるようです。
これ前にも言いましたが今回の開催国の一つ、アメリカ代表の開幕戦【アメリカVSパラグアイ】の前のナショナルアンセムがデュオによる生歌だったんですが、音程非常に素晴らしくて美しかったです👏✨
スタジアムは反響が凄いので、ものすご歌うの難しい(反響して、数秒遅れて色んなところから自分の声が届く感じになる)ため、最近ではああいう所で反響防止の耳栓みたいなのして歌う方がスタンダードで、この二人も反響防止対策はしていましたが、それにしても生歌ですが、非常に素晴らしい音程と歌声でありました。
これスポーツ界では有名で、観戦ノートにも書きましたが、
【ホイットニー・ヒューストン】がアメリカのNFL決勝【スーパーボウル】で歌った星条旗は、私も動画で見た時びっくりしましたが本当に生歌なのに音程、歌唱力がすんごいです。
反響防止対策とか絶対今よりしっかりしてなかったはずなのに全くものともしてない!!
そうなのです。その日限りの一期一会のパフォーマンスの魅力なんか私は分かり切ってるんですよ。ただ【音程】だけは許容範囲に守っていただきたいです。それさえ守っていただければ、その日限りの【間の取り方】とか【テンポ】とかは私はむしろ全然楽しめるのです。
音の正確性だけはライブはどうにもならん。
ライブでも「これライブ音源!?✨」って思うような歌を歌う人とかいると感動しますが、基本的に、逆にライブはそこが目的じゃない気がするんですよね。
私は音は音程の正確さが基礎的なポイントだと思って重視するので、こういう人はもう市販のきちんと編集されたCDとかMVを聞いた方がいいのです。一定ですからね。音程が安定してますので。
これ分からない人には一生分からないと思いますが、
実は文字にも、文章にも、小説にも【音感の良さ、悪さ】ってのはあるんですよ。
小説を読んでいると、いい言葉も悪い言葉も出て来ますよね。
どっちも意味あるし適材適所に使っていい。
ただ、私の見た所、あまりに【音感が醜い言葉】を使っている人がいます。
汚い言葉を。いわゆる。
私から言わせてもらうと、もっと音楽的な意味合いあるのですが、
汚い言葉って割と音感も汚いのです。
とにかく、音感悪い言葉を多用している人をカクヨムでも見かけます。
多用しているっていうことは自身で音感悪いことを気づかず使っちゃってるってことなので、あれはもしかしたら一生直らない悪い癖かも。恐ろしいでしょう。小説は。
別に言葉としても、間違いじゃないんですよ。正しい使い方でもある。
特に問題はない。
ただ【音感が悪い】のです。
私の場合海外ドラマ出身で古今東西の役者の様々な声のデータが頭の中に入ってるので、言葉に対しての音感の判断がつくんですよ。
美しい音感で喋る役者とかもいるんで、自分の中の理想形の音感が分かる。
音が美しくない文章があるのです。
幸い私は【文字の音感】を感知できるタイプの物書きなので、これも校正を行うことが出来ます。
まあただ他人の作品に対してはさすがに「ここの部分音感悪いなあ」と思っても感じ取れない人もいる上に私の主観も大いに入ってきますので、指摘出来ない部分です。
これはもうセンスの領域としか言えません。
一つ言えることは。
難解な言葉ばかり並べることが小説の醍醐味ではありません。
私は大学まで行った人が、一発で読めないような表現はあまり使わないようにしています。難読漢字ってやつですね。これは意味が分からないといちいち気になるというのもありますが、実は前にも一回近況ノートに書きましたが、その言葉の意味自体は分からずとも、前後の流れで、「何となく難読単語の意味を読み手に読ませる」という技術はあるので、多用しない限りそんなに問題ではありません。
問題はむしろ【読めない文字】。意味じゃなくて、文字そのもの。
私のように読む時脳内で言葉を再生して読むようなタイプは、読めない漢字が現れると「再生」出来ず、折角美しい音感を作っても、それが遮断されて感じ取れない文章になってしまうのですよ。
だから意味が分からないよりも「読めない」というのは致命的なのです。
音感が伝わらなくなるから。
でも考えてみれば音楽というものも、基本的な音はドレミファソラシドだけです。
それをシャープかけたりフラットかけたりして変則的に動かしますが、この音程の組み合わせのバリエーションで多彩な音楽が作られているだけで、このドレミファソラシドの基本的な決まりは崩されていない。
つまり言葉に置き換えると、標準的な言葉をきちんとマスターすれば、その組み合わせ次第で素晴らしい音出る文章は構築出来る、と私は考えています。
難読漢字などは無意味に多用すると逆に「読める、感じ取れる文章の美」を阻害する恐れすらある。
なので私は非常に「読める」脳内で再生して「音感を感じ取れる」文章であることをとても重視します。どうしてもここにはこの文字を使いたい! とかこだわりがあったり、三国志なんかも人の名前がそもそも読みにくいことがあります。
あれもダメですよ。
前にも書きましたがずっと前に読んだ中華系の話がルビを一番最初に一回行っただけで登場人物に振ってくれず、しかも読みにくかったためいちいちなんだっけコイツの名前の呼び方? と戻らなければならず、不親切すぎるので段々もう「なんでもいいや」と名前呼び飛ばしていたら、名前もよく分からんのでキャラに愛着も湧かなくなって読むの止めた作品があります。
作者はそら分かるだろうよ。
脳内で変換されているだろうさ!!
でも読み手はあんたの話知らないんだからこまめに中華系は名前にルビ振るくらいしなさいよ!!!😇 覚えられるか!! そんな一番最初の一回だけで中華系の名前なんか!! 私を見よ!!!【花天月地】の80話くらいまでルビ振り続けてるし、頃合いを見て【陸遜】にすらいまだにルビを振っている!!
必ず一話の最初にはルビも振るし、
なんならページが変わると振ってる!
読み手に「何だっけこの読み方?」ってページを戻らせるのが悪いし、何より私がそんなことさせるの嫌だからだ!!
一話3000字とかで書いてるからそういう気遣いがなくなるんだよ?
ダラダラ書いてるからですよ。
一話ちゃんと20000字くらいで書ききってたら【定期的に振ればいい】【一話の最初は振ればいい】とか分かって来る。塩梅が。
名前も【音感】が実は非常に大切です。
「なによその名前?💢」
っていう音感悪い名前とかを、一人二人はいいですが、多用するとこれも多分潜在的に読み手に嫌われると思います。
それは「読みにくいなぁ……」というストレスを読み手が感じているからなのです。
読みにくい=音感が悪いに関わって来ているのですよ。
だから作者も読み手も実は【音感に敏感なタイプ】の人がいます。
同時に全くこの【音感センス】のない書き手と読み手もいます。
後者の場合、書き手も読み手も音感センスがなければ、何書いてもオッケーです。どっちも音感感知できませんからね。音感最悪でも気になりません。
しかし【音感に鋭い】タイプの読み手が読みに来てくれた場合、
音感の無い書き手の文章は、下手すると致命的になります。
【音程不安定なライブ音源だけは無理!!!】
という私のように、「この作品無理!!」ってなりかねません。
文章における【音感】の存在に私は最近気づき始めて感知も始めているので、そういう所も人知れず見るようにしています。
ただこれ本能的に備わっている部分がありますので、今まで私がいいなと言って来た人は、潜在的にこれをもうクリアしてます。音感いい作品なのです。
じゃないと私が「なんかこの作品、読みにくいなぁ……」と感じてたはずなので。
最近文章力もそこそこ、表現力もそこそこあるけど、なんかこの文章肌に合わないと感じる文章が目に付くようになって来たんですよね。自分の作品では元々音感を大事にして書いていたけど、他人にそんなこと求めたことなかったから、無意識に盲点になっていたようです。
でも文章力もあり、表現力も悪くない、でもなんか気に入らないという作品に出会った場合、自分の音感と合ってない可能性があります。
私の感覚は非常に標準的なので(自分だけの奇抜なセンスとかがそんな見られない)、私が「この作品、言葉の音感が汚いなあ」と思う場合、かなり多くの人がそれを感じ取ってる可能性が多いですよ。
1ページ目の冒頭から言葉が汚かったりすると、やはり音程外しまくられたナショナルアンセムのように「冒頭から嫌な入り方されちゃったな~💦」と印象悪くなります。
編集の人間が「冒頭にインパクトを冒頭にインパクトを」っていうの分からなくはないんですが、あんまり言い過ぎると素人が冒頭にすげぇ汚ねえクソみたいな言葉を使ってインパクトをブチ当てて来ようとするのですが、これは【インパクト】の意味を書き手が履き違えています。
「冒頭のインパクト」とは魅力的な表現のことであって、
誰も「実際に俺にぶつかって来い!!✨」と相撲稽古のようなことを言ってません。
誰が本当に体当たりしてこいと言うたか。
でも履き違えてセンセーショナルな表現で冒頭から来る人とかいますが、
ああいうのは非常に音感が汚いです。
場合によってはカクヨム、タイトルやキャッチフレーズの音感がクソ汚い言葉遣いの作品もあるので要注意。もはやタイトルとキャッチフレーズで読みたくなくなります。
冒頭
「てめえ!!! ぶっ飛ばしてやらァ!!!!!!!!!!」
で始まったとしても、
あとの文章が全然落ち着いた、音感美しい表現ならなんも言いませんよ。私も。それは確かに引き立ての技法なので。
ただ終始言葉が汚い人がいる。
あれはいけません! なんか悪い言葉を使って楽しもうとしてる感じの発想がもう小学生男子が卑猥な言葉を連発してきゃっきゃはしゃいでいる発想と同じです。低レベルすぎる。
私はいつも趣味ならどんなもん書いてもいいと言っていますけれど。
さすがに小説書くなら小学男子の低レベルで卑猥な言語を騒ぎ立てて終わるとかはやめな。それはもう趣味だとか小説だとか関係なくて人として説教したい。
それなりの大人ならやめな。そういう文章は。中学まで。
高校生以降は冒頭の書き出しを「魅力的にしなきゃだめだ」くらい考えな。
いくら趣味でもな。
ただ本当についに第三関門は感知できる人と感知できない人がいる「見えない敵との戦い」に突入するようです。
私は幸いこの【音感】という見えない敵を見える能力を持っているようなので、どんどん感知して修正していけばいいだけなんですが……。
これ……。
文字の音感を感じ取れない人は、どうやって直していくんだろうな?
まあ備わるのかどうかは分からんがやはり「言葉」の音を聞くことだよね。
私が海外ドラマで様々な役者の個性ある、魅力ある声を聞き続けたように。
日本のドラマやアニメなどは、私の印象ですがかなり決まりきったベースで顔ぶれが固まっている印象です。多彩な声を聞かねば、音の美しさを聞き分ける能力は磨かれません。だから同じ役者や声優の声だけ聴いていては……
( ゚д゚)ハッ!
今気づいたが、私海外ドラマだけじゃなくスポーツでも色んな国の選手のインタビューとか実況とか聞いて来てる!!!!!✨✨
確かにみんなそれぞれ声のトーンも、単語の喋り方も違ってて魅力的だっ!!!✨
そ、そうだったのかああああああああああ!!!!!
私は【音楽】と【役者】と【選手】で多彩な言葉の【音】に日々触れ合って来ていたんだ……!! 磨かれていたんだね!
試合中、選手の声とか聞かないでしょう!
インタビューで初めて声を聞いたりして、カッコいい声してんな~~~~!! この選手!!! とかあるんですよ!!
意外に声高いなおぬしとか
顔可愛いのに声低い!!!✨とか
魅惑のハスキーボイスじゃねえか!!! とか。
私は【人の多彩な声】をずっと聞きつけていたんだね……!!
ちなみにそんなこの世の音を学術的に定めた「音程」「音律」。
ドレミファソラシドは誰が発明発見したかご存知ですか?
古代ギリシャの哲学者【ピタゴラス】ですよ🐢🌸
ピタゴラスさんは
天文学、宇宙、音楽、数学などに若くして惹かれたようで、旅をしながらこういうことを勉強したようです。そして、
宇宙や万物の作りと音楽には、数学的な法則が関わっていて、
万物は美しいハーモニーを奏でているのだということを発見したそうです😊
……。
……。
ピタゴラスさんって紀元前の方ですよ!!!!!!?
つまりドレミファソラシドは紀元前から概念があったのです!!!
文字よりもずっとずっと昔から!!!
音楽は発見されていたのです!!!
つまり、音を感じ取る能力の方が、言語能力よりも人間は先に備わっていたのです!!
その音を感じ取る能力を伴い、言葉が生み出された。
つまり言葉に音感が宿り、
その音感が美しくあるべきだと考えるのは非常に自然な事だったのです!!
ピタゴラス師匠!!!!
【言葉とはハーモニー】なのでありますね!?✨✨
見えました。わたくしも今日からピタゴラス派に入信させていただきます。
今日から七海・ピタゴラス・ポルカと……うおおおおおおおおおおおおおおお今気づいたけど【ポルカ】って音楽用語じゃん!!!!!!!!!!!!!!!
全然もともとそれでつけたポルカじゃなかったんだけどポルカって音楽のポルカって単語もあるし「響きがいいからいっか🌸」でつけてた!!!!!
なんだ!!!! 音楽の神の導きか!!!!!!!!!✨✨