【若草物語】ってご存知ですか?
女性にまだそんな世に出る権利がない19世紀のアメリカの四姉妹の話なんですけど、次女のジョーが小説家志望の女の子なのです。
ジョーは家族と共に暮らしていた少女時代を卒業すると、一人で頑張ろう! と一大決心をして家を飛び出します。
ニューヨークで、ジョーは安い住み込みの下宿で家庭教師をしながら暮らすんですが、そこに下宿している、一人の若い大学講師、ベアと出会います。
よく友人たちと下宿の客間で、政治のことや社会のことなどを討論しているような男性で、知的で、でも穏やかで信頼出来る人柄。ジョーとも話が合い、瞬く間に仲良くなるのですが、ジョーはある日、ベアに勇気を出して自分の小説を読んでもらいます。それまでも「小説を少し書いてるの」くらいは言っていましたが、現実の社会と向き合っている男性たちのパワーに圧倒されて、自分の小説に誰かを納得させる力なんてないのではないか……と思い見せられなかったのですね。新聞社などには持ち込んだりしているのですが、全然相手にされていなかったのです。
勇気を出して、ベアならもしかしたら、と思って読んでもらうのです。
話が合って、いつも一緒にいると楽しいベア教授なんですが、小説どうでしたか、と聞きに行くと、いつになく気まずそうな顔をして、「友情を壊したくない……」と言われます。でもジョーは本気で小説家になりたかったので「壊れたりしないから、正直にどうだったか言って欲しい」と頼みます。
「ジョー、君は本当に斬新で、画期的で、賢い魅力的な女性だ。
もっと君の中には、君にしか書けない、語れない、そういう素晴らしいものがあるはずだ」
そう言って、まあ遠回しにあまり面白くなかった、ピンとこなかったことを伝えられます。
当然ジョーはショックを受けて「読んで下さってありがとう……」と言いますが、自分の部屋に帰って泣きじゃくります。その時追い打ちをかけるように電報が届いて、子供の頃から病弱だった三女のベスが、重篤な状況になったという報せでした。
慌てて帰郷します。
何度もベスは小さい頃から病に苦しんでいたのですが、この時に亡くなります。
「どうしてみんなは家を出て行くの? 私は家族も、この家も大好き。
姉妹たちがいなくなっていくのは寂しいし辛い。
たまにとても一人残される自分が怖くなる。
死んだらきっと寂しくないし、怖くなくなる。
だから死ぬのは怖くないわ。平気よ」
と内向的な妹はジョーに笑いかけて亡くなりました。
愛する妹の死に打ちのめされ、小説の才も否定され、ジョーは絶望します。
しかし妹の遺品を整理していると、ベスが、小さい頃の四姉妹でして来た遊びの想い出などを、大切にとってくれていたのです。
ジョーは昔から話を書くのが好きだったので、脚本を書き、四姉妹で劇を演じて遊んでいたりしたのですね。
その脚本とか、子供新聞みたいな、本当に子供が書くお遊びですが、ジョーが書いて来たものを大切に保管していてくれたのです。
ジョーは、どんなに四人姉妹が全員揃っていて、肩を寄せ合って生きていたあの少女時代が幸せだったかを思い出しました。
もう三女のベスは亡くなり、二度と姉妹が集まれないことを実感した。
「このままみんなが別々の人生を暮らしていくのは嫌だ!!
幸せだった私たちの記憶をどうしても残しておきたい!!!!」
そう思ったジョーは、自分達四姉妹の自伝を小説に書くことにしたのです。
ジョーが自伝を書くのは初めてで、彼女はそれまであくまで創作を小説にしていました。
ベスの気配や記憶が消えないうちに、一気に自伝を夢中で書き上げ、
小説を完成させいます。全く筆は止まりませんでした。彼女の中にある記憶を思い出して書けばいいだけだったからです。
まだニューヨークの方には戻らず、実家で完成させ、
それを、ベア教授に送りました。
「評価して欲しい」とか。
「見返したい」とか。
そういうものは何もなく、本当に「今のこの気持ちを知って欲しい」と思ったんでしょう。
もしかしたらベアに言われた「空想とかに頼るのではなく、もっと君の中にあるものを大切にすべき」という、あの時はこの創作だって私の中にあるものじゃいと思って何を言われているのか、どうすればいいのか、分からなかったことが、ちょっと分かった気がすると思ったからかもしれません。
葬儀や、色々なことがあるのでジョーはしばらく実家から離れませんでした。
結婚した丁度のメグがお腹に赤ちゃんがいて、色々と助けが必要だったので、生まれるまでは自分が助けてあげようと留まっていたのもありました。
しばらく時が経って、ある日の昼下がり、キッチンに行くとテーブルになんだか大きな荷物が届いていました。
「?なにかなこれは?😊」
ジョーは包みを開いてみます。
するとそこにはちゃんと活字として印刷された自分の原稿が!!
驚いて、お手伝いの女性に「あの荷物はいつ届いたの?」と聞くと、
「さっき男性が置いて行きました。お呼びしようと思ったのですが、ご結婚の準備でお忙しそうだからと(四女のエイミーが結婚することが決まった)仰って……」と聞き、慌ててジョーは追いかけると、ベア教授がここまでわざわざ持って来て届けてくれたのを、帰る寸前に見つけることが出来ます。
その時にベアさんは
「貴方の送ってくれた小説を読みました。
素晴らしかった。
あそこの中にはまさに貴方自身の考えや想いが溢れています。
友人にも見せたらぜひ出版したいと……それを自分で伝えたかったので」
と説明します。
実はベアさん「この家のお嬢さんが結婚する」とお手伝いさんに聞いたので、てっきりジョーが結婚するんだと勘違いして、本当は想いも伝えに来たのに小説だけ置いて帰ろうとしていたのですが、まあそんな可愛い勘違いは置いておいて……
私この【若草物語】を中学生の時に初めて読んで、とても面白かったので気に入ったんですが、このベア教授が言った「貴方はもっと自分の中にあるものを書くべきです」という言葉の意味が分からんくて、その時私ももう書いていて、しかもがっつり下手期でしたから、ジョーと一緒にショックを受けたんですよね。
ベア教授そんな曖昧なこと言っても分かんねえよ 作り物の物語だってジョーの中から生まれたものだし、ちゃんと彼女の考えとかで出来てるじゃねえかと思い、
何故創作が駄目で自伝ならOKなのかが全く分からず、不満に思っていたのです。
ベア教授めっ! ローリーだったらいいね~言うてくれたぞきっと! とか思っていたのですが……。
今、下手期を抜けて思い返してみると、ベア教授の言っていた「貴方はもっといい話が書けます。もっと自分の中にある素晴らしいものを使って物語を書くべきだ」と言っていたことが、しっかりと分かるようになりました。
自伝ならいい。
そんな単純な事でもなかったのです。
創作だから駄目、でもなかった。
要するに私が今お遍路でやっているセリフ百選のように、
創作でも自分が昔からずーーーーーーーーっと思いを込めて温めて来た言葉や、セリフや想いがそこにあったら、良いのです。
私がよく言う、
「もっと魂を込めて書くんだ!!!!!!」
っていうのを、ベア教授は知的で優しい感じで言っていたのですね。
それがようやく分かるようになりました。
【作者の実感】
が、多分最初のジョーの作品には見られなかったんだよ。
頭の中でこさえた話。空想でしかないもの。夢物語のような、
他人からすると【あんたのそんな空想を読んでもねえ】という、確かに他人の空想話や夢物語なんて共感しませんよね。する義理もないし。
ベアはジョーと話していると、彼女が女性ながら社会にも興味を持ち、きちんと自分の考えを持ち、聡明で勇気のある自立した女性であることを感じ取っていたのでしょう。
素晴らしい資質を持っていると思うからこそ、物語を見た時にその中に普段ジョーと話している時に感じる【納得】や【信念】や【美学】というものが見当たらなくて、「物語しかそこにない」ことに、戸惑ったし残念に思ったのだと思います。
ジョーが書いた少女時代の話は自伝だからリアルで素晴らしいということではなく、個性あふれる四姉妹の父親がいない中でもお母さんを尊敬しながら、貧しい時には工夫でそれを乗り越えたり、男性が普段目に出来ない、女性たちの苦労とか、想いが溢れていて、本当に感動したのだと思います。
小説は本当に難しい。
完結したからといって素晴らしくは全然ないんですよ。
どんな長編だろうと、中身と質です。いつだってそう。
小説、特にアマチュアが書く場合、
よく聞きます。
「時間を掛けて書いたからえらい」
「完結までさせたからえらい」
そういう言葉やニュアンスを目にします。
でもよく考えてください。
普通の仕事の方ってそういう考え方していません。
八百屋さんが「自分は野菜を毎日売ってるからえらい」なんて言うてるの見たことない。
音楽家の人が「私はヴァイオリンを毎日練習してるからえらい」なんて言いませんし、
アスリートが「試合で勝った自分はえらい」なんて言いませんし。
教師が「私は今日も生徒を教えたからえらい」なんて思いません。
人命救助している仕事の人達でさえ、「人を助けているから我々はえらい」なんて絶対言いませんよね?
当然のことなのです。普通の人が素晴らしい仕事をする人を、凄いなあえらいなあと思うことはありますが、彼らが自分達で我々はこの仕事をしているからえらい、などと言ってることを見たことがありません。
小説家にとって「小説を書く」「物語を考える」など、当たり前のことでは?
いい話を書くことも、
完結させることも。
当たり前の仕事です。
なのにアマチュア小説家はよく言うんですよ。
「折角時間を掛けて書いたのに」
「折角長編完結までさせたのに」
いわゆる、「私は頑張ったし、えらいのに」というニュアンスのことをこの人達は口にするのです。
はっきり言っておくけど、自分の仕事を自分で「えらい」なんて言わない方がいいですよ。
そうなると必ず【驕り】というものが出て来ます。
まるで時間を掛けて書いたらそれだけで偉いかのように。
長編完結させたら凄いかのように。
でもそんなこと全然なくて。
小説において「すごい」というのは
【内容が素晴らしいかどうか】
それだけ!!!
私はそう思っています。
完結しても、全部が全部感動すると思ったら大間違い。
正直膨大な時間を掛けて書かれた話だろうと、いわゆる才能と魂を使って書くに至ってない話は「ふーん……こんな感じかー」で終わることもあるのです。
私はこの時、
ベア教授の言葉をいつも思い出すんですよ。
下手じゃない。
何かを書きたいんだなというのも、それなりに伝わって来る。
文章力もまあまあ。
ただ近況ノートとかで、もしそれなりにパーソナルな部分が見えて来ることがあって、それがそれなりに面白い人だと、
「貴方はもっと、自分の本当に書きたいこと、それを実感を込めた言葉や展開で書いたら、もっともっといい話書けるよね!?」
って思うことがあるのです。
キミならもっといい話書けたでしょー!!!
なんでこんな程度の話になっちゃうのよ!!!
って思う人がこの世にはいる。
多分ですが、私の近況ノートの感じを見て、私の作品を見た場合、
多くの場合印象が一致すると思います。
「七海ポルカらしい作品だな」「あ~こういう話書きそう!」ってなると思います。
決して「お前近況ノートであれだけ語ってこんな程度かい!!!」とはならないでしょう。
でも他の方は、この人話をしていても面白いし深い考えも持っているのに、なんで作る話こんな平凡な話しか書かないんだろう……。
とか
そうかこの人でもこの程度ですか……
とか思うことがある。
こういう時、私はかつて自分の作品を駄目だって言われたジョーに共感してショックを受けていたというのに、今や「貴方ならもっといい話が書けますよ!!」と言って来たベア教授の、もどかしい気持ちの方が分かるようになりました。
「なんでよ!?」
って思う。悔しいのです。ある意味。
私が感じている貴方の素晴らしい感じが、全然作品に出てない。書き切れていない。
あるセリフを取っても、もっともっと貴方が真剣に自分自身の実感や考えを込めて書いたら、もっともっといいものに出来るはず。
貴方はこんなものじゃないの、
自分で分かってませんよね!?💢😇
っていう、あれは批判じゃなかったのです。
期待しているゆえの激励だったんですね。
それまでジョーは多分、想像力を駆使して「誰も書いたことが無い設定」だとか「人をワクワクさせるおとぎ話」とか、そういうものばかり書いていた。他人に受ける話とか、他人が好きになってくれそうな話とか。流行り物にチャレンジとか。
ベア教授からすると、ジョーは素晴らしい豊かな感性を持っているので、それをもっと話に見せて欲しかったのでしょう。そしてそれが出来る人だとも思っていた。
だからきっとがっかりしたのです。
分かる😭
時間を掛けても、そこに作者の魂や実感、思想、美学、そういった、他人を納得させられるものが描かれてない作品は全然ダメですし!!
完結させたって、同じくそこにそういうものが溢れている中で、一つの、作者の書きたかった大いなるテーマが描かれていて伝わってこないようでは
全然駄作なのです。
いい作品じゃない。
私も書き手なので、時間を掛けること、完結させることの価値は分かります。
だけど絶対自分では「時間を掛けたからすごい」「完結させたからすごい」とか言わないようにしようと思っています。
当たり前のことなのですよ。
凄いと言われるのは、
内容を読まれて、それに対しての感動でそう言われる時だけでいい。
小説家が時間を掛けて作品を作るなんて当たり前のこと。
作品を完成させるなんて当たり前のこと。
それだけで「すごい」なんて自分で思ってしまったら、驕りが出ます。
時間を掛けたら、完成させたら、
それだけですごい。
【内容なんてどうでもいい】
という考えが生まれかねません。
ここは絶対間違えちゃダメなのです。
近況ノートの感じを読んでて、大したことない考えの人だなって思った人が、大したことのない作品を書いていたって放っておきます。ごく自然ですし。筋が通っています。
ただ近況ノートとか、作品内で、所々いいものを書いていたのに、そこに拘り切れず、大したことない内容になってしまっているのを見ると、
ベア教授のあのシーンをいつも思い出すわけです……。
いつも私、自分は「下手期はもう抜けました」って言っていますが、
今日も言わせていただきましょう! 確実に私は下手期を抜けて上手期に突入しています。
だって前はジョーの気持ちが分かったもん!!!
今はベア教授の気持ちが分かる!!
下手期の作家はあのシーン、絶対ジョーと一緒にショックを受けます。
上手期の作家はあのシーン、ベア教授のもどかしい気持ちが分かるようになります。
作品を書く時に【作者の実感、魂】がそこにあることは、それくらい重要だということが分かるようになると、そういう作品を心がけるし、そうでない作品が分かるようになるからでしょう。
もっとこの作者なら、書けたんじゃないか……。
そんな風に感じた時の残念さって無茶苦茶残念過ぎるのです。
そうですかそうですか……そんな 感じになりましたか……ってなる
下手な人にはそんな風にすら思わないもん。
上手いからこそ ええ……貴方ならもっと出来たでしょ! って思うわけです
ベア教授はドイツ人で、移民としてアメリカにやって来た人で、ドイツでは大学教授でしたが、アメリカでは苦労をして生活をしています。
だからこそ、「生きる為、仕事にしたいなら、真剣に仕事と向き合わなければならない」ということが分かって、好きなことを仕事にする難しさや、素晴らしさも分かっているのだと思います。
彼はジョーが素敵な女性と思ったからこそ、
迷わず、何かに気を取られず、自分の中にある強い意志や、誠実さや、優しさ、素晴らしいものを作品の中にも存分に出して、書いてほしかったんでしょうね。
すっごく分かる。
たまに本当にアマチュアの物書きって、
作品にその人が全くいない人がいるんですよ……。
どこ行った!?😇
ってなる。ああいうのは単なる空虚な空想物語なんでしょうね。
わたし多分無茶苦茶私がいると思います。