予想通り文字数制限突破であります!!
10000字~~~~~~~~~~!!!!!!!💢💢💢
なんて頼りにならん男だ!! おまえは!!!😇
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行動を見ていると、チーターという種そのものに、自分達でも「自分たちは大型ネコ科動物の中でも弱い」という自覚があるような気がします。周囲を警戒しなければならないこととか、本当に小さいうちから母親が教え込み、要するに「賢くなければ生きていけない弱さ」を保有しているからこそ、チーターの母親は生きる知恵を付きっ切りで子供達に教えるのではないかと。
個体によって差はもちろんありますが、
この母親は本当に非常に優秀で、狩りも上手く、双子の子供たちを飢えさせることなく、危険な動物に遭遇させることもなく、危険地帯を回避しながら過ごし、生後一年半くらいで一人立ちすると言われているチーターを、八カ月くらいまで無事に育て上げました。
大人のチーターの鳴き方は「ニャワン🌸」ですが、
子供のチーターの鳴き方は「ニャン」と「ワン」で(個体差がある)完全にネコちゃんとワンちゃんです かわいい。
チーターは天からエアロダイナミクスに特化した体を与えられていますので、基本的に体に凹凸がなく、風の抵抗を受けない作りをしています。頭とかも丸く、毛とかも立ってないのですが、幼獣のチーターだけは毛が生え始めているので、毛がフカフカと逆立っている特徴があり、それが大変可愛らしいです。
双子の子供は、
性格がかなり違っていて、
メスの方が負けん気が強く、母親の真似とかを積極的にして、活発。
人間で例えると小さい少女のうちから利発でお母さんの手伝いとかもする行動力ある娘ちゃんって感じでしょうか。
オスの方は若干おおらかでのんびりした性格をしていて、何をやるにもワンテンポ遅い🌸 積極的な感じというよりは内気な所がある感じ。
人間で例えると、見ていて完全にこれ姉弟だよなーと思うような雰囲気が可愛くてとてもこのチーター一家を気に入っていたのですが、
なんと!!
もうすぐ生後一年になろうかという所まで立派に育って来たこの双子のチーターがある日、【成獣のオスのヒョウ】に遭遇してしまったのです。
上記にさらっと書きましたが、成獣のオスのヒョウは、同種に対しても他種に対しても関係なく、非常に残忍な性格をしています。
ずっとこういう危険から母親が双子を守り続けて来たのですが……(一度同じようにオスのヒョウに遭遇した時は、果敢に立ち向かって、子供を守り抜いたこともあった)
休んでいる所を襲撃されて、子供が一人やられてしまったのです。
一瞬どっちか分からなくて、
撮影班が逃げた個体を判断して「やられたのは姉の方かもしれない」と言っていたのですが、辛くも逃げ出した母親と子供をきちんと確認すると、オスのチーターでした。
つまりしっかり者のお姉ちゃんの方がヒョウに殺されてしまったのです。
上記に書いたようにチーターは非常に表情が特徴的で、きょとんとした可愛らしい猛獣らしくない顔をしています。
この彼らが元来持つ、可愛らしいきょとんとした顔。
悲しみとか恐怖が出にくい顔で、
いつもじゃれ合ったりしてもお姉ちゃんに負けていたような内気な弟が戸惑ったような顔でキョロキョロしている表情が映っていて、本当に号泣ました……。
いつも家族の中では一番ワンテンポ遅くて、母親と姉について行って、その大らかさと内気さを仕方ないわねって感じで笑われながらも可愛がられていた弟が、ある日突然双子のずっと一緒に傍らにいたお姉ちゃんを失ってしまった。
確かに、いずれは一人立ちする運命でも、
どこかで姉弟が互いに生きていると思うだけでも嬉しかったのに。
あの優しくて強くて、いつも遊んでくれたお姉ちゃんが突然いなくなってこの弟君は一体これからどうして行けばいいんだと思って号泣しながら眠りにつきました。
そのチーター親子はその場所が非常に気に入っていたのですが、さすがに姿を消しました。
しかし数か月後再び撮影隊がチーター親子を発見!!
母親の傍らに弟君がちゃんと生きていました!! もうその姿を見ただけでまた号泣です!!!😭 生きてた!!! しかもおっきくなってる!!!
もう背中の幼獣を表わすフカフカの毛もほとんどなくなっていました!
朝の光の射し込む草原にこの親子が確かな足取りで現われた姿がとても美しく、格好よく、勇敢で、本当に感動しました。
どうだこれが大型ネコ科動物最弱のチーターじゃい!!!! って感じです。
それまで狩りもほぼお母さんの様子を見るだけでしたが、久しぶりに見る弟君はまだ未熟とはいえ、お母さんの狩りに参加し、協力して獲物を獲り始める段階までになっていました。
人間で言うと、
頼りになるお姉ちゃんがいなくなったんだから、
俺がしっかりしなきゃ!! と内気な少年が自分の意志で強くなろうと必死に思ったのでしょうか。
創作家である私はそんな風にも思ってまた大号泣です。
上手く言葉に出来ませんが、
非常にこのチーター親子の生き様に感銘を受けたので、
いつかこういう話を私も書きたいと心から思いました。
スポーツもそうですが、
動物ドキュメンタリーも本当に創作意欲湧きます。
それでは文字数制限も怪しいので、このくらいに。
今日も楽しい創作活動を頑張りましょうー!✨
私はスポーツも動物ドキュメンタリーも、
こういう現実の実感、都合が良くない所に魅力を感じて好きなのですよね。
勿論創作だから文章を整えようとは思いますけど、
でも展開を考えることって「都合のいいことを書く」ことじゃない気が私はします。
もっと言うとこんな意見を聞くことがあります「何も考えて読める話が読みたい。現実で辛い生活を送っているのに、何故本でまで辛い話や考える話を読まなくてはいけないんだ」と。
まあ気持ちはわかるし、言ってることも分かります。
しかしこの話を聞くと私はいつも思うのです。
私も現実が辛い時に創作の素晴らしさに心救われた人間だからこそ言いますが。
「自分が辛い時に、下らない話を聞いても、全然何の慰めにもならない」
私はこの個体でした。
確かに辛い時に重い話や辛い話を読みたくないとかは私にも無いことはないですが、究極には書かれている内容次第です。
「辛い時に笑える話が読みたい」これは個人的な好みの話でしか無いと思いますよ。
私は全然そういうのは無かったので。
辛い時に、能天気に笑ってる人間を見て、気が紛れる人もいるでしょう。
しかし辛い時に自分よりも辛い境遇で頑張ってる人を見て、自分ももっと頑張れるはずだと奮い立つような人もいるのです。
「だから下らない話にしてもいい」
という理由には全然ならないと私は思っていますね。
明るい話、真剣な話、笑い話、重い話。
種類は様々でしょうが、やはり人に読ませる以上、呆れるような下らない設定や展開の話を書くべきではないと私自身は思っています。というか、「下らなくなくても、心が軽くしてもらえる」ことはあると知っているから。
テンプレや追放、ざまぁ系。
「辛い時に何にも考えずに読めるからいい」
という肯定の仕方はどうも個人的に好きになれません。
そういうのはこの世に小説読む以外の娯楽を全く知らない人の言うことで、山ほど「辛い時に何も考えず没頭できる楽しい趣味」は他にもあります。
小説以外ではないのです。
小説である以上、
何か得るものを内容に込める。
それくらいの覚悟と意志を持って書くのがプロではないかと。
私自身はね。
そう思っています。
個人的に思ってるだけで、全然そう思わない人もいていいと思いますよ。
ただ私とは全然考え方は違うなとは思いますね。
何も考えず読める話を作るとしても、
中身のない話にする必要性は何も無いと思います。
ただ苦しい自分が苦しい時に心休まるもの。
そういうものを率直に文でも書けばいいのでは? と純粋に思う。
それは決して、何気ないことであっても「下らない設定の創作」とは違う領域にあると思います。
私がこの世で下らなくないと思うのはひたすら現実で実際あることか、作者の実感などが籠っているもの。
そういうのは他人のものですから、下らないとか言う必要性は無いと思う。
だからざまぁ系や追放系も、一番最初に書いた人の作品は、きっと下らなくないのです。
でもそれを模倣しているものは、作者の実感さえない。
そういうものには私は何がどうなろうと価値は無いと思っています。
私が一番評価するのはとにかく作者の【実感】や【魂】があるかどうか。
この一点。
「単なる創作だな」
これが一番評価低いですね。
単なる創作ってどういう意味? みんな所詮単なる創作じゃんと思う人にすぐ答えますが、つまりそれが【実感】や【魂】がどのくらい籠ってるか、ちゃんと籠ってる文章かどうかなのです。
こういうものは、文章を読める人には伝わるし、読み取れるのです。
書けば全て文字で誤魔化せると思ってはいけない。
内容の無い作品は「内容が無い」ことくらいは読む力がある人には読み取れるのです。