涼宮ハルヒが芽を出すまでのザ・スニーカーの看板作品はラグナロクとトリニティ・ブラッドでした。
ラグナロクは学校の図書室に置いてあったので、それを読んでいましたが、トリニティ・ブラッドは無かったので本屋さんで買うしかありませんでした。
ですが、トリニティ・ブラッドの面白さは尋常ではなく、いつの間にかラグナロクよりも好きになっていました。
作者の吉田直先生のヴァチカンやヨーロッパの国々の描写は本当に魅力的で、読者の私もヨーロッパを旅行しているような気分になれました。
たぶん、真剣に小説を書いてみたいと思ったのは、ラグナロクもそうですが、トリニティ・ブラッドの影響が大だと思います。
この頃、私はパソコンを持っていましたが美少女ゲームのピア・キャロットへようこそ2をやるくらいにしか使ってませんでした。
ですが、そのパソコンにはワープロのソフトが入っていたので、一応、小説のようなものを書いてみましたがダメダメでした。
いつか、ラグナロクやトリニティ・ブラッドのような小説を書いてザ・スニーカーで連載したい、というのが高校の時の私の夢でした。
なのに、吉田直先生はトリニティ・ブラッドを完結させる前に亡くなってしまいました。
これほど大きなショックはありませんでしたし、それがきっかけで自然とザ・スニーカーも買わなくなりました。
もし、トリニティ・ブラッドの連載が続いていたら、私の小説を書いて生きていきたいという思いが薄まることは無かったかもしれません。
もっと真剣に小説家になりたいという夢と向き合えていたかもしれません。
何とも、ほろ苦い思い出です。