人の感性には個人差がある。当然の話だ。だけど時折、本当に驚くくらいの差がある。まじで理解できないくらいの隔たりがある時も、たまにある。そして僕がそう感じているときは、きっと相手も同じことを思っている。さらに面倒なことに、こういうものはなかなか可視化されることはない。
だけどそれと向き合わなきゃいけないのが創作という行為である。
偽物川で約一万字ほど講評を書いてやや燃え尽き気味だったけど、一応文字が書けるくらいには調子を取り戻してきた。そして色々と振り返って、改めて人間の感性の差というものに頭を抱えている。お題がかなり抽象的だったというのもあるけど、人によってまったく解釈の仕方が違うし、評議員の間ですらそれが一致することはなかった。
Web小説としてはたくさん読まれるのが良い作品、カクヨム的には星の多い小説が面白い作品、という短絡的な結論でもいいのだろうけど、メインストリートから大きく外れたあぜ道のような場所を歩いている僕たちは、彼らとは違うコンパスを用意する必要があるだろう。
結局僕はナルシストなので自分の感性というものを信じているのだが、だからといって異なる感性の持ち主に文句を言ったところで何の意味もない。相手が明らかな誤解や無知に基づく偏見を持っているという場合を除いて、感性に優劣なんてものは存在しないからだ。
しかしそうなってくると物書きとしては甚だ難儀する。趣味には合わない、なんて範疇に収まっているのはむしろ幸福なことかもしれない。誤読や曲解なんてのは日常茶飯事で、近頃は「あなたはロボットではありませんよね?」と問いかけたくなるような相手すらいる。人に何かを伝えるというのは実に難しいことだ。小説を書き始めてもう何年も経つが未だにそう思う。
とりとめのない話だけど、今一度基本に立ち返って自分の書きたいものを見つめ直す時期に来ているのかもしれない。