「な、なかなか骨のあるお話でしたわね」
談話室をふらふらと歩いていたら、聞き覚えのある声がきこえてきた。エリクが振り返ると、そこにはよく知った顔があった。
「フィオナ。セラもここにいたのか」
背後から声をかけると、ビクッと金色の髪が揺れた。
「あ、あら。エリクさん。ご機嫌麗しゅう」
振り返ったフィオナがいつものように挨拶しようとしている。しかし、その蒼い目は見事に泳いでいた。
そこに動揺を感じ取ったエリクは、軽く会釈したのちにセラの方へと向き直る。
「どうしたんだ、こいつ」
エリクの指摘にセラは思わず、くすくすと笑い出した。
「フィオナさん、わたしが話したお話が怖かったようで」
「こ、怖くなどありません。どうして、わたくしがそのような作り話を怖れなければいけませんの?」
エリクが驚くほどの早口で、フィオナは弁明する。言えば言うほど、自分の首を絞めているようなものだが。
「そんなに怖いのか。少し興味あるな」
エリクは空いている席に座ってセラを見る。横から「だから怖くなど」というフィオナの声が聞こえてくるが、エリクはあえて無視をした。
プライドの高いフィオナのことだ。何を言っても彼女を傷つける。
それはそれとして、こんなにもフィオナを動揺させる話とやらに興味があった。
「エリクさんの期待に答えられるかは分かりませんが」
こほん、とセラは咳払いをして語り出した。
舞台は雪山の教会。吹雪に行く道を塞がれた旅人が、そこに迷い込んだ。
旅人は僧侶に歓待された。真冬だというのに暖かい。火が絶えず燃えている。しかし、どこか薄暗かった。
出された食事に口をつけようとした。しかし、口にした瞬間、強烈な吐き気に襲われる。おそらく、肉は腐っていて、ワインはドロッとした別の何かであった。
違和感を抱きつつも、外に出ることができず、泊まることにした旅人は夜中に目が覚める。
部屋の外から物音が聞こえた。恐る恐る、教会の中を歩く。暗がりの中、ぴちゃ、ぴちゃと水音がする。目をこらすと、そこでは僧侶が女性を抱えて「食事」をしていた。
ゆっくりと振り返る僧侶の口は赤く染まっていて……。
「ああ、あなたは明日の晩餐の予定だったのに、と」
「きゃあああっ!」
フィオナの声で、セラの語りが中断した。エリクに抱きついてしまったフィオナはそれに気づき、真っ赤な顔で離れてしまう。
エリクは、そんなフィオナを、あくまでも涼しい顔で見ていた。
「貴方はずいぶん余裕がありますわね」
フィオナは悔しげにエリクをにらむ。余裕、と聞いてエリクは自分が怖がっていないことを聞かれていると思った。
フィオナの意図は別の所にあったのだが。
「いや、なかなか恐ろしかったぞ」
とにかくセラの語りがうまい。
さすがは聖女を継ぐ者と称されるだけはある。宗教家は口がうまくなければやっていけない、エリクはそう思う。
ただ。
「私は死霊の類いのほうが怖いな。吸血鬼は……殴ったら、倒せそうじゃないか」
エリクの凄まじい発言に場が凍り付いた。
「えっと、それは……」
「どれだけ力業がお好きですの、貴方は」
呆れた視線を向けられるエリクは、自分の発言のどこがおかしいのか、本気で分からないのであった。
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