六日目。
カクヨムに作品を投稿することは無論、投稿者の「権利」である。
権利は無理に行使する必要はない。そうでなければ、「権利」でなく「義務」になってしまうから。
だが、世の中には「強制されれば、頑張れるのだけれど」という、とどのつまり私のような人が一定数いる。
窮鼠は猫を噛むが、その鼠は猫がいなければ、だらだらしてしまう質かもしれない。
カクヨムへの投稿に限らず、人生には多くの権利が与えられる。
自ら事業を興す権利、海外へ旅立つ権利、株取引をする権利、冒険をする権利、逃げ出す権利……
人生が窮屈に感じられるのは、それらの権利を元々知らないか、実行できないでいるからだ。
権利という形式は、理想ではあるが、残酷でもある。
手を伸ばした者には何かを与えるが、手を伸ばさぬ者には何も与えない。
そして、全く手を伸ばしていなくとも、最低限の(退屈な)生だけは保証されている。
何故か。最低限の生を為す分は「義務」という形で入手しているからだ。
一匹の鼠は猫の登場を願っている。