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文章の力について


 文章に人を変える力はあると思っている。

「閑さや岩にしみ入る蝉の声」の一文が、時代を超えて古寺の静寂を伝えるように。

 とはいえ、川に適当に石を放り投げるだけでは、水を切って跳ねてくれるわけではない。
 石も投げ方もきちんと選ぶ必要がある。AIが出たから騒がれているが、それ以前から一日ごとに何億文字もインターネットに文字が流れ込んでいた。
 文字数が多ければいいってものでもない。何百文字、何十文字のものでも、それがクリーンヒットすれば飛んでいくし、人を変える。

 私は自分の決着をつけるための一作を書いている。

 解体師パイセン
 https://kakuyomu.jp/works/16818093081839927730

 取り急ぎ、ちゃんと終われそうだ。
 書いていて「お前は結局そういうのが好きなんだよなあ」という内なる声が何度も届いた。世界観を描く時というのは、癖というか、人生観が出るものだと思う。

 今週は息抜きにゲームの話や、中指を立てることに中毒になった話も書いた。
 筆が乗ればそれが面白いかは別として、今でもそれなりに書き進められるのかという気付きもあった。

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 今までの傾向を見るに、「自分で自分をひたすらグサグサ突き刺す短編作品」が私に求められているモノらしい。
 
 そういうのを書くことに――あらゆる言葉を尽くして自分の無能さを表現することに抵抗はないわけだが、そんな自罰的な自分を作った「周り」に思うところがないでもない。
 今の作品が落ち着いたら、そういったアンビバレントな感情を、物語という形態に包まず直接的な言葉で一覧提示してみようかと思う。


 

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