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ネタバレありかも――『白の令嬢が拾った戦後の亡霊』完結に寄せて_創作屋としての想い

『白の令嬢が拾った戦後の亡霊』
全三十七話をもって完結しました。

本編はコチラ
https://kakuyomu.jp/works/822139840012118720


ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。

この物語は、「戦争が終わったあと、何が残るのか」という問いから始まりました。

勝者も敗者もいる。
街は再建され、人々は生活に戻る。
歴史は「終戦」という言葉で区切られる。

けれど、その区切りの外側に置き去りにされた存在は、いったいどこへ行くのか。

この作品を書こうと思った原点には、「戦争そのもの」よりも、戦争が終わったあとの“処理され方”への違和感がありました。

不要になったものは廃棄される。
都合の悪いものは記録から消える。
そうやって世界は、静かに整えられていく。

カレンは、そうした存在の象徴です。
戦うために作られ、戦争が終わった瞬間に「処分対象」になった兵器。

クラリスは、それを「かわいそうだから」拾ったわけではありません。
壊れているかどうかを、自分で判断し、その責任を引き受けただけです。

この物語で描きたかったのは、救済でも、恋愛でも、主従でもなく、選び続けることそのものでした。


――――制作について、もう少し踏み込んだ話を――――

本作は、構想段階から一貫して三人称・地の文中心で物語を進めることを選んでいます(私の作品はほとんどこのスタイルですが)。

現在の小説シーンでは、一人称で語られ、会話のテンポで進む作品が多く読まれています。

それは、とても強い形式です。
感情が分かりやすく、読者と登場人物の距離も近い。

それでも私は、あえて逆の書き方を選びました。

なぜなら、この物語では、「誰がどう感じたか」よりも、世界がどう在り続けているかを描きたかったからです。

地の文は、登場人物の代弁者にはなりません。
感情を要約しません。
判断を提示もしません。

ただ、
音を置き
空気を置き
時間を置く
だけです。

台詞は必要最低限。
感情の説明は極力排除。
判断や変化は、行動と間で示す。

登場人物の味方にも、敵にもならない。
ただ状況を置き、読者に「見る」時間を渡す。

この書き方は、とても不親切です。
分かりやすいカタルシスも、感情のガイドもありません。

三人称で書くということは、物語から一歩だけ距離を取ることです。

読者に寄り添いすぎず、登場人物にも肩入れしすぎない。

その距離があるからこそ、読者は「どう思うか」を強制されず、「どう受け取るか」を選べる。

この作品で、戦争は善悪で裁かれません。
正義も、完全には語られません。

それは、語り手が世界を裁かない立場に立っているからです。


~地の文中心で描くことの意味~

地の文でしか描けないものがあります。

街の音。
湿った空気。
欠けた石畳。
義手の老人が立つ露店。

それらは台詞にした瞬間、意味が固定されてしまいます。

地の文は、感情を煽らない代わりに、読者に「考える余白」を残すことができます。

この物語で、カレンが人間らしくなっていく過程は、ほとんど語られません。

彼女は泣きません。
叫びません。
劇的な独白もしません。

それでも、

返事が、わずかに遅れる。
視線が、一瞬だけ止まる。
口角が少し上がる。
戦わないことを選ぶ。

そうした 目立たない変化を、地の文で積み重ねることで、読者自身が「変化に気づく構造」を作りました。


~全37話という構成について~

話数は、最初から三十話以上になる想定でした。

短くまとめることもできたと思います。
けれど、一話ごとに小さな「変わらなさ」を積み重ねる構成を選びました。

カレンは、劇的には変わりません。
クラリスも、大きくは揺らぎません。
世界は、最後まで救われません。

それでも、確かに線は進んでいる。

その線を、読者が後から見つけてくれたなら、それで十分だと思っています。

~終わり方について~

この物語は、最初から「何も変わらない終わり」を選んでいます。

世界は変わらない。
正義は完全には報われない。
それでも生活は続く。

最終話で描いたのは、ハッピーエンドでも、バッドエンドでもなく、現実が続いているという事実です。

石畳は欠けたまま。
義手の老人は、今日も露店に立つ。
街は何事もなかったように息をする。

それでいいのです。
少なくとも、この物語ではそう結論づけました。

ここまで付き合ってくださった皆さま、途中で離れても、また戻ってきてくれた皆さま、そして今、この近況ノートを読んでくださっている皆さま。

本当にありがとうございます。

この物語が、誰かの人生を変えることはないでしょう。
誰かの心に長く残ることもないでしょう。

でも、ふとしたときに
「ああ、こんな話を読んだな」
と思い出してもらえたら、それだけで十分です。

それだけで、この作品はを制作した意義があったと思います。

また次の物語で、お会いできたらうれしいです。

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