第9話「月の宴に蛇は集う」

 黒い大蛇を調伏してから、丁度一〇日後の火曜日。

 午後の講義に出席したあと、俊敬は大学を出て、駅前の町中華の店へ入った。

 この日も璃々花が先んじて来店し、杏仁豆腐を食べながら彼を待っていた。

 麻婆茄子まーぼーなす定食を注文すると、幼馴染同士で他愛ない会話を交わす。


 やがて新たな客が入店してきて、先日の天澤麗奈と同じように挨拶を寄越した。

 その人物は空町そらまち一歩希いぶきと名乗り、俊敬と同じ大学に通う学生だと自己紹介した。

 もっとも今日は、学友としての親交を得たいわけではなく、別の用件で俊敬と接触する必要があって声を掛けたとのことだった。



 空町一歩希――イブキは、興信所でアルバイトしているらしい。正社員でもないのに仕事柄か名刺を所持していて、いきなり手渡された。表面に印字された屋号には、この店の近所の建物に掲げられた看板で見覚えがある。

 イブキが言うには、彼が最近まで追跡調査していた人物こそ、天澤麗奈だったのだという。


「お二人が天澤さんと行動を共にし、古地図に記されていた場所で、怪異の類と遭遇しただろうことは把握しています。それにたぶん、すでに事件をそれなりに穏当なかたちで解決してくれたということも」


 イブキはジンジャーエールを注文し、おしぼりで手をく。

 初対面の青年に対して、俊敬は用心深く身構えた。

 だが頓着とんちゃくなく、イブキは先を続ける。


「天澤麗奈は半月ほど前、私がお世話になっている興信所に身辺調査の依頼が寄せられ、ずっと動向を探っていた女性でした。誰がどんな目的で依頼した案件かについては、守秘義務もあってお教えするわけにはいかないのですが」


 イブキが語るところによれば、興信所は仕事を請けて以来、岡山県の天澤家まで調査員を派遣し、事件の全容を探り続けてきたそうだ。

 電車の中で尾行していたのも、イブキだったらしい。


 憑き物筋の土地から、トウビョウを封じた瓶を持ち去ったのは、陰陽師崩れの拝み屋だったという。天澤家の土瓶は取り分け危険な代物だと看取し、月読峠で保管する方が安全だろうと判断したと見られている。この土地には例の「化石化した大蛇」が眠っていて、万が一の場合も幽世から亡者が湧き出るのを防ぐのに、都合が良かったからだった。



「ところが先日、化石化した大蛇は掘り起こされてしまいました」


 イブキは嘆息し、かぶりを振る。


「あの大蛇が月読峠にもたらす影響には、多様な事例が報告されつつあります。幽世との仕切りをまもるちから、というのもそのひとつでした」


「でも現在は大蛇が発見されたことで、亡者が幽世から這い出てきやすい状況になった?」


 俊敬が問うと、イブキは「その通り」と言ってうなずく。

 かくして月読峠はいまや、土瓶の隠し場所としても適切な土地とは言い難い状態となっていたわけだ。市内のあちこちで荒縄の封印が破損していたのも、連動した事象なのだろう。

 そこへ最近の古地図騒動が重なり、麗奈は天澤家の蔵で当該の品を入手したことから、今回の件へ発展した――というのが、一連の顛末てんまつと考えて良さそうだった。


「あれから天澤麗奈さんは、岡山県の実家へ帰ったようですね」


 店員が運んできたジンジャーエールをひと口飲んでから、イブキは淡々と言った。


「興信所が私以外の調査員を使って調べた通りなら、都内の会社は遠からず退職するつもりかもしれません」


 麗奈が事件後に取る行動として、真実味のある情報だった。

 黒い大蛇を調伏した直後、麗奈はうずくまってしばらく号泣していたため、古民家の地下から屋外へ連れ出すまでにかなり苦労した。たとえ悪霊に堕していたにしろ、彼女としては最愛の弟を二度失ったようなものだから、それも致し方ない。


 そのあとタクシー会社に配車を頼み、駅前まで移動してから降車する頃には、麗奈も多少落ち着いていたようだ。とはいえ別れ際には、酷く恨みがましい目つきでにらまれた。俊敬は、やはり報われないな、と苦笑するしかなかった。


 璃々花からは当時の行動に関して、「危険な事件に巻き込んだ張本人を罪に問わないどころか労わってあげるなんてシュンケーくんお人好しすぎですよっでもでもそんなところも大好き♪」などと評され、またもや抱き付かれた。

 ちなみに地下で助けられたときの約束は、まだ履行を保留中だ。



「そうした背景を踏まえた上で、お二人には念のために確認したいことがあります」


 イブキは、やや慎重さを増した口調になった。ここから先が、俊敬と璃々花を探して町中華を訪ねた本題、ということらしかった。


「ひとつは姫谷璃々花さんの正体についてです。本当に半人半蛇の異能者なのですか?」


「……この子や俺の素性を、あんたらはどこまで知っているんだ」


「血筋をたどって、家柄などをさかのぼれる限りにおいてです。具体的には、姫谷さんの御先祖に昔、和歌山県の道成寺どうじょうじで眉目秀麗な僧侶と出会って恋に落ちた少女がいること。それと河端さんの家系には、霊能力を持つ人物がしばしば登場する、というぐらいのことならわかっています」


 驚きつつも問い返すと、イブキは踏み込んだ事実を端的に述べる。

 俊敬は、どうやら興信所が思った以上に多くの事情を把握しているようだと察した。ここまで知られているなら、隠し立てする意味もない。


「璃々花の家の先祖には、紀伊国きいのくに牟婁むろ郡の地主があったと言われている。その先祖が後世『安珍あんちん清姫きよひめ伝説』で、真砂まなご庄司しょうじ清次きよつぐのモデルとなったらしい」


「のちに語り継がれる説話の中で、清姫の父親として描かれた人物ですね」


 相槌打ちつつ、イブキは言葉を継いでくる。


ひるがえって言えば、姫谷さんにも伝説の清姫を形作った人と同じ血が流れているわけだ」



 あくまで「安珍清姫伝説」は仏教説話であり、平安時代の『大日本国だいにほんこく法華験記ほっけげんき』の記述を原型とした虚構フィクションである。

 大まかな筋としては、熊野詣くまのもうでで道成寺に一夜の宿を求めた僧侶・安珍が、真砂庄司の娘・清姫から熱烈に懸想けそうされる物語だ。清姫は、美男子の安珍に一目惚れするのだが、恋心を裏切られ、逃げられてしまう。そこで安珍を『蛇』に化けて追い回し、最終的には


「どこまで璃々花を清姫と同一視していいかは、正直わからない」


 俊敬は、隣の席に腰掛ける璃々花を、横目でちらりと見る。


「ただこいつが蛇の妖力を身に宿していて、炎を操ることが可能なのは事実だ」


 少なくとも幼少期から、璃々花は説話の清姫と同じ異能の持ち主だった。

 小学生の頃、いじめっ子に反撃した際にしてもそうだ。あのとき璃々花は、相手の被服に火を点けた。いじめっ子が火傷せずに済み、事件を示談で解決できたのは、不幸中の幸いと言うべきだろう。学校の関係者も、問題が大きく取り沙汰されるのを好まなかったようだ。


「そうして河端くんは姫谷さんにとっての、安珍となったわけですね」


 イブキはテーブルを挟んで、俊敬と璃々花を等分に眺める。


「僧侶の血を引く美男子、まさしく姫谷さんのパートナーとして相応しい。お似合いです」


「あーっやっぱりイブキさんもそう思いますかっそうそうホントにその通りでシュンケーくんと運命の恋人になるべく生まれたのが私ですしお似合い以外のなにものでもないというか私以外の女が出しゃばればもうシュンケーくんを燃やして私は入水自殺するぐらいアイラブユー的意味で月が綺麗というかこの際綺麗じゃなくたって絶対的関係性なんですがそれを初見で察してくれるなんて実はイブキさんめっちゃいい人では」


「いちいち会話に入ってこなくていいから、おまえはもう少し黙っておけ」


 俊敬は頭痛を覚えつつも、璃々花が割って入ろうとするのを制止した。

 璃々花は器量が悪くないから、好意を寄せられる現状に羨望する第三者も少なくないだろう。

 とはいえ「安珍清姫伝説」を知る身としては、彼女からの執拗なアプローチに恐怖を抱かずにいられなかった。



「いずれにしろ天澤家のトウビョウもそうですが、化石化した大蛇が掘り起こされて以後、ここ月読峠にはありとあらゆる伝説の『蛇』が集まりつつあるようですね。そうして今回の場合は、二種の異なる蛇と蛇が相争ったわけだ……」


 イブキは、ひと頻りやり取りすると、誰にともなくつぶやく。

 それから仕切り直すようにして、さらに質問を続けた。


「もうひとつだけ教えてください。天澤麗奈さんが月読峠へ持ち込んだ古地図は、あれからどうなったのですか」


「すっかり燃えて灰になったよ、璃々花の炎で一片残らず」


 俊敬は芝居がかった素振りで、肩をそびやかしてみせる。

 イブキは、そうでしたか、とあっさりした口調で言って、席を立った。知りたいことは知れたので、長居する理由はもうないと言いたげだった。事件の顛末に関し、当事者に裏取りしていただけなのかもしれない。



「なあ、こっちも訊いておきたいことがある。あんたや興信所は、璃々花の正体や幽世から這い出てくる亡者なんかについて、どこまで現実の出来事だと信用しているんだ」


 イブキの挙措を見て、俊敬は急いで呼び止めた。

 相手の側から切り出されたので、流れに任せて受け答えしてきたものの、怪異や異能に関わる話題を、本来常識人は真に受けて事実だと考えない。それゆえイブキの態度自体について、俊敬は内心疑念を持っている。


 対するイブキの反応は、直線的ではなかった。


「実は私、オカルトの類が苦手でして」


「……はあ?」


「だから本当はあまり、こういう案件に首を突っ込みたくない。皆さんが古民家へ向かった日にしても、途中で尾行を断念したのは、無暗に×印の地点に近付くのが怖かったせいです。たとえバイト代を積まれたって、無理なことはありますからね」


 イブキはそう告げると、俊敬と璃々花の分まで伝票を手に取った。支払いをまとめて済ませ、足早に店を出ていく。

 俊敬は、それを呆気に取られて見送ったあと、テーブルの上へ視線を移した。食べかけの麻婆茄子の器と半分以上残ったジンジャーエールのグラスが、物言わぬまま置き去りになっている。


 璃々花は上機嫌で、「お似合い、お似合いっ♪」と歌いながら、杏仁豆腐を食べていた。






<月の宴に蛇は集う・了>

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月の宴に蛇は集う 坂神京平 @sakagami

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