第11話 デート

 デート当日、待ち合わせ場所の駅前に向かう。隣同士なんだから一緒に出ればいいと思ったけど、デートらしくしたいんだろうと華猫さんの言う通りにした。集合場所は筋骨隆々の男の銅像のまわり。あれが何なのかよく分かってないけど、待ち合わせ場所としてみんながよく使っている。バスから降りて銅像の方を見ると、一瞬であの子の居場所が分かった。


「生意気言ってすんませんでした!!」

「どうかこれでお許しください!!」


 いかにも不良という金髪の男二人が万札を華猫さんに捧げていた。一方華猫さんはゴミを見るような目で二人を見下ろし、いかにも不機嫌という態度を隠さない。あんな表情初めて見た。


「あっ! いちか!」


 華猫さんの方も私を見つけると、さっきまでの曇天の表情は一気に快晴になり、太陽のように眩しい笑顔で駆け寄って来た。白猫がプリントされたオーバーサイズのトレーナーにショートパンツを合わせ、黒いネコミミが付いたキャップを被り、可愛らしいスニーカーを履いた彼女らしい活発な印象のコーデ。しっかりオシャレしてメイクもバッチリ決めた彼女の笑顔を見て、どんなに今日を楽しみにしてくれていたかが伝わって来た。


「待たせちゃったかしら」

「ううん! いま来たとこ!」

「絶対違うでしょ」


 いかにもデートっぽいやり取りだけど、それに乗っかるにはあまりにもデカい障壁があった。華猫さんに土下座をかます不良二人という異分子がどうしても気になってしまう。


「あれは気にしないで。鬱陶しいのを黙らせただけだから」


 多分ナンパでもしたんだろう。デートの待ち合わせの時にナンパされるなんて、漫画でよく見るシチュエーションだけど、自力で切り抜けるパターンはなかなか見ない。


「こういうのって、私が華猫さんを助けるものじゃない?」

「それもキュンキュンするけど、あたしはいちかのライバルだから」


 恋愛漫画のあるあるを否定した彼女は、得意げに胸を張って見せる。私のライバルのふさわしい強さを見せてくれた彼女が誇らしい。どこまでも真っ直ぐなこの子の想いに応えたい。自然とそう思わされる魅力を彼女は持っていた。


「今日のいちか、すっごく可愛い!」

「ふふっ、ありがと」


 パフ袖とリボンが可愛い白のトップスに黒いフリルキャミソール、グレーのロングスカートを合わせ、ブラウンのローファーを履いたコーデ。大人な印象が似合うとトラ子とすずめに選んでもらったコーデは華猫さんにも気に入ってもらえたようだ。目の前の彼女は興奮してピョンピョン飛び跳ねている。気合を入れてきた甲斐があったっというものだ。


「はじめも可愛いわよ」

「ほ、ほえ……?」


 私も可愛いを返すと、さっきまで全力で稼働していたはじめのエンジンがショートした。すっかり動かなくなった彼女は、耳まで真っ赤に染まり、両頬に手を当てて情報を処理しようとする。しかし、答えが出なかったようで、理由を尋ねるように顔を上げた。


「な、名前、呼んで……」

「今日はデートなのよ。仲良くやりましょう」


 私が名前で呼んだ理由は至極単純だ。デートなのに名字で呼ぶなんてよそよそしすぎる。私が言い始めたことなんだから責任を全うする。はじめがくれたものをほんの少しでも返すために。


 まだ混乱しているはじめの手を取って、時間に遅れないように駅のホームに向かった。


 電車に揺られて十数分、よく遊びに来る大型ショッピングモールに到着した。その頃になるとはじめも落ち着いたみたいだけど、手は繋いだままになっている。まぁデートなんだし、仲良し同士で手を繋ぐのもよくあることだし、そのままでいいか。


「こういうのが最近の流行りなのね」


 店員さんに勧められた服を試着して、鏡に映る自分を見つめる。レース素材のオフショルダーブラウス。露出が多い服は好みじゃないけど、似合うかどうかでいえば似合ってると思う。というか、魔法少女のコスチュームの方が露出多いわね。抵抗感がそんなにないのはそのせいかしら。もしかして、あのコスチュームのせいで私の感覚が狂い始めてる?


「はじめ、どうかしら」

「最高!」


 試着室のカーテンを開けてはじめに感想を求めると、クイズ王みたいな即答をされた。


「さっきからそればっかりじゃない」


 色んな服を着て見せているのだけど、はじめは最高としか言わない。どれにするか決めたいからもっと参考になる意見が欲しいのだけど。


「だって、どのいちかも最高に可愛いんだもん」

「どれも最高だと買うの決められないんだけど」


 バイトの給料と魔法少女の報酬でお金には余裕があるけれど、あれもこれも買ってはさすがにすっからかんになってしまう。そもそも、魔法少女の使命でもらったお金を使うのには抵抗がある。シルさんは当然の対価だと言っていたし、トラ子とすずめは気にしてないけど、あの額は高校生がポンと手に入れていいものじゃない。


「じゃあ、これとこれとこれを合わせよう!」

「ぶっ飛ばすわよ」


 できるだけ露出を多くしようという魂胆が丸見えなコーデを却下して、普通に気に入ったワンピースを買うことに決めた。


「わぁ、可愛くておいしそー!」


 テーブルに陣取るイチゴパンケーキとイチゴパフェにはじめが目を輝かせる。このカフェには初めて来たけど、お店の雰囲気も良いし、スイーツも見た目が派手でおいしそうだ。当たりの店だし、また今度トラ子とすずめと一緒に来ようかな。


「はい、あーん」


 はじめがパンケーキを切り分けて、フォークに刺した一口分を差し出してきた。いや、流石にそれは恥ずいんだけど。


「デートなんでしょ?」

「……もう、わかったわよ」


 それを言われると私は責任を取るしかない。観念して彼女が差し出したパンケーキにかぶりついた。パンケーキはふわふわ食感が楽しく、濃厚なクリームと酸味のあるイチゴソースがハーモニーを奏でている。あまりの美味しさで照れくささは消え去り、抗えないスイーツの幸福感に包まれた。


「はい、お返し」

「やったー!」


 パンケーキの返礼品としてパフェをスプーンですくって差し出す。はじめは私と違ってためらうことなく口にして、パフェの甘い幸福に頬を緩ませた。なんだか動物園でうさぎの餌やりをした時を思い出す。食べてる姿って、やっぱり可愛いんだな。


「んー、風が気持ちいいー」


 木陰にあるベンチに座って、心地よく吹き抜ける風を感じる。ショッピングモールの近くにある公園は散歩コースとして人気らしい。私達も一通り散歩を楽しんで、疲れた足を休めていた。


「はじめ、今日はどうだった?」

「楽しかった!」


 日が傾き始め、高校生の私たちはそろそろ帰る時間だ。今日の感想を聞いてみると、分かりきっていた答えを期待通りの笑顔で返してくれた。


「そう。ならよかった」


 楽しんでくれたなら友人冥利に尽きる。でも、私の本来の目的はまだ果たせていない。この子が何を隠しているのか、どうして隠そうとするのか。これを聞けば楽しい時間では終われないかもしれないけれど、あなたの笑顔を曇らせるものは友人として見過ごせない。


「ねぇ、あの時、何を隠してたの」

「……怒らない?」

「内容による」

「正直だなぁ」


 この前と違って話す意思はあるらしい。ただ、私は仏じゃない。私に逆鱗に触れる内容であればちゃんと怒る。そんな態度であると分かっても、はじめは前みたいに逃げようとはしなかった。


「いちかと遊びたいって言いたかったの」


 そう言ってはじめが見せてきたのは映画のペアチケットだった。寂しげな表情でこぼした幼子のようなささやかな願い。あの日、はじめが望んでいたのはたったそれだけのことだった。でも、遊びたいって、どうしてそんなことを悲しそうな顔で言うの。どうして自分が悪いことをしているみたいに言うの。何があなたにそんな表情をさせてるの。次々と湧き出してくる私の疑問に答えるように、彼女はこう続けた。


「でも、いちかはあたしに勝つために頑張ってるのに、遊ぼうなんて言ったらきっと傷付けちゃう。だから、我慢しないとって思ったの」


 私を気遣って、我慢してって、それじゃあはじめの笑顔を曇らせていたのは私ってことじゃない。私の弱さがこの子の幸せを奪っていた。許せない。そんな事にも気づかずに、はじめの優しさを受け取って、対等なライバルだと思い込んでいた呑気な自分が。


「心配かけちゃってごめんね。あたしはもう大丈夫! こんなに楽しいデートできて大満足だよ!」


 さっきの笑顔とは違う、無理に張り付けた笑顔。純粋な彼女は嘘の才能だけはないらしい。けれど、その表情に慣れてしまっている彼女に胸が締め付けられた。今までずっと我慢し続けてたんだ。自分より圧倒的に劣るみんなを傷付けないように。


「はじめ」

「へ?」


 はじめを抱きしめて逃げられないようにする。このまま逃がしたら、私は永遠に対等なライバルになれない。私の腕の中にいる彼女の身体は、確かに震えていた。


「もう我慢しないで。わがまま言って。はじめのこと絶対に嫌いになんかならないから」

「……いいの? あたし、気まぐれだし、うるさいし、めんどくさいよ?」

「それがはじめなら受け入れる。私の前でくらい、ありのままのあなたでいてよ」


 はじめが一番を譲ろうとした時、私とこの子には似ている部分があると思っていた。でも、彼女のそれは私のとはスケールがまるで違う。ありのままの自分でいられない、強さゆえの孤独。私は友達を一人になんかさせない。


「どうして、そこまでしてくれるの」


 縋るように抱きしめ返すはじめは、弱々しい声でそう問いかけてきた。あぁ、そうか。そういえばちゃんと言葉にしてなかったな。はじめは何度も真っ直ぐ伝えてくれてたのに。


「大切な友達だからよ」


 いまさら自分の想いを言葉にする。すると、はじめの手から余計な力が抜けて、震えも止まった。


「本当に、いちかには敵わないなぁ」


 ただ体温を感じるように私の胸の中にいるはじめの背中を撫でる。私のそばがこの子の安心できる場所になれたなら、私の望む対等なライバルに一歩近付いたと言えるだろうか。まぁ、とりあえず彼女のためになれたならいいか。


「好きとは言ってくれないんだ」

「調子乗んな」


 いつも通りに戻ったはじめは、私から離れて開口一番にそう言った。彼女が一番望んでいるものは分かっている。でも、その言葉を簡単に口にするほど私はチョロくない。


「前にも言ったでしょ。悔しかったら惚れさせてみなさい」

「うん! 絶対にいちかの一番になって見せるからね!」


 夕日に照らされたはじめが振り向く。今までは太陽のように眩しかった彼女の笑顔は、ずっと見ていたくなるような、僅かな寂寥感が沸き出す穏やかな光を放っていた。


 放っておいたら消えてしまいそうな儚い光。私から一番を奪い去った天才は、みんなが思うよりも人間らしくて、等身大に傷付いて、誰よりも優しくて、だからこそ脆かった。この光を守りたい。一番になりたいのと同じくらい強い想いが芽生えたのは、これが初めてだった。

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天才美少女に私の一番をぜんぶ奪われたんですけど!! SEN @arurun115

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