この恋には論文が無い

 それから数分達、五組のカップルが揃ってステージに並んでいた。司会者が、大きな声で言う。


「それでは、只今よりベストカップルを投票で決めたいと思います! といっても、方法は簡単! 私がそれぞれのカップルの名前を呼びますので、観客の皆様はベストカップルだと思う方の名前が呼ばれたら大きな拍手をお願い致します! 一番大きな拍手が起こったカップルを優勝と致します!……では、早速名前を呼んでいきましょう。まずは、茂木君と佐々木さんカップル!!」


 ワアアと大きな拍手が沸き起こる。まあ、この二人はお似合いだったしな。

 他のカップルの名前も次々と呼ばれ、どのカップルにも大きな拍手が沸き起こる。でも、茂木君と佐々木さんカップル程では無い。


 私達は恋人同士になったばかりだし、遠藤先生に至っては仮装もしていない。きっと私達がベストカップルに選ばれる事は無いだろうな。



「それでは最後! 遠藤先生と豊橋先生カップル!」


 次の瞬間、割れんばかりの拍手が会場に響き渡った。今までのどの拍手の音よりも大きい。

 私が困惑して会場を見渡していると、遠藤先生が観客に手を振りながら言った。


「凄いね、有紗先生。俺達、こんな大勢の人達に祝福されてるよ」


 私は、改めて会場を見渡す。皆、優しい笑顔で拍手を送ってくれていた。私は、心がじんわりと温かくなる気がして、笑顔で手を振り返した。


「結果が出たようですね! では、改めて発表致します! 『カップル仮装コンテスト』優勝は……」

「嘘よ、こんなの!!」


 司会者の声を遮る大声が聞こえた。私が声をした方を見ると、そこにいたのは、唇を噛み締めてこちらを睨む福田さんだった。


 福田さんは、ステージ脇からこちらにフラフラと近付くと、縋るような目で遠藤先生を見つめた。


「先生、嘘ですよね!? 先生が有紗先生を好きだなんて……。私、二年前からずっと先生の事が好きだったんです! 先生に好きになって貰えるように、オシャレも頑張ったし、勉強は苦手だったけど頑張って徳田教室のゼミ生になったんです! それなのに、先生は有紗先生が好きで、ベストカップルにも選ばれるなんて……そんなのおかしい!」


 遠藤先生は、福田さんの方を見ると、優しい笑顔で言った。


「ごめんね、福田さん。福田さんの気持ちは嬉しいけれど、俺はやっぱり、有紗先生の事が好きなんだ。俺の話を興味深そうに聞いてくれる有紗先生。苦労しながらも一生懸命データと向き合う有紗先生。そんな有紗先生を、どうしようもなく愛おしく思ってしまうんだ」


 それを聞いた福田さんは、ガクンと膝を床に突いて呟く。


「ハ、ハハ、そっか……。私じゃ駄目だったんだ……。そうよね……有紗先生のUSBメモリを隠すなんて嫌がらせをしてるようじゃ、先生に釣り合うわけ無いよね……」


 私は、目を見開いた、もしかしたらとは思っていたけど、やっぱりUSBメモリの件は福田さんの仕業だったんだ。


 遠藤先生は、福田さんの方に近付くと、優しい目で言った。


「福田さん。君は努力家だ。きっと君には素敵な未来が待っていると思う。……だから、これからは嫌がらせなんて姑息な事はせずに、地道に努力を重ねていって欲しい」


 その言葉を聞いた福田さんは、ボロボロと涙を零し始めた。


「う……う、うああああああ!!」


 福田さんの泣き声が、会場に響き渡った。


       ◆ ◆ ◆


 夜になり、私は再び研究室でノートパソコンに向かっていた。一人でああでもないこうでもないと考えていると、研究室のドアが開かれる。


「あ、有紗先生、まだ残ってたんだね」


 部屋の中に入って来たのは遠藤先生。私は、苦笑して言う。


「はい。研究の事が気になって……。あの、先生、ちょっと疲れてません?」


 すると、先生はげんなりした顔で答える。


「うん。実は、コンテストの後友人達に呼び止められちゃってね。君との馴れ初めとか、君がどんな人かとか、ずっと聞かれてたんだよ」

「ああ……」


 この大学には、専攻こそ違えど遠藤先生と同期の講師や准教授がいる。そんな方々と先生は今でも交流があるのだろう。



「……有紗先生、送って行くから、一緒に帰らない?」


 遠藤先生に聞かれ、私は少し考えた後頷いた。


「そうですね。今日はもう帰ります。片付けるので、少し待って頂いても良いですか?」

「うん、分かった。……ところで、有紗先生」

「何ですか?」


 私が首を傾げると、先生は躊躇ためらいながら言った。


「あの、さ。プライベートの時は、『有紗先生』じゃなく、『有紗』って呼んでも良いかな? 俺達は、その……もう、恋人同士なんだし」


 私は、顔が赤くなるのを感じながら答える。


「……はい。私も、プライベートでは『一哉さん』って呼んでも良いですか?」


 先生は、一瞬目を見開いた後、笑顔で頷いた。


「うん、それで良いよ。……これからもよろしくね、有紗」


 そう言うと、先生は私の背後に回り込み、座ったままの私を後ろから抱き締めた。私は、ドキドキする胸を鎮めようと深い息をしながら、この幸せを噛み締めていた。


 徳田先生が私の指導係を引き受けてくれたとは言え、私達の恋は前途多難かもしれない。でも、遠藤先生――一哉さんと一緒なら、何でも出来る気がした。


 論文で答えを見る事の出来ない私達の恋は、まだまだ続く。


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この恋には論文が無い ミクラ レイコ @mikurareiko

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