形手


 鳴手なりてと成り代わって幾日――。俺はひとつの結論に辿り着いた。

 俺は最初、あいつのことを“鳴手なりて”――手を鳴らすだけの無害な妖怪(鳴家やなりの仲間か?)――だと思っていた。

 あ、この名前は即興で考えたんだけど。

 即興にしては由緒正しい妖怪っぽくて格好良いだろ?


 無害な“鳴手”だと思っていたあいつに対する認識を改めたのは、俺という存在をあいつという存在と置換されてしまってからのことだ。


 俺は気付いた。――気付いたときには、手だけの妖怪になっていた。

 手遅れだ。手だけにな。

 ……なんて言っても、笑える余裕はおろか、今の俺には顔さえないけど。

 それでも気付いたんだ。

 遅かったけど気付けたんだ。

 あいつは“鳴手なりて”じゃなくて、“成手なりて”なんだって。


 いずれ人間に成り代わる――。

 愛嬌を振り撒いて標的を油断させ、成り代わる機会を窺っている妖怪、“成手なりて”。

 こっちも即興で思いついたにしては悪くないだろ?

 声に出したら同じだしさ。

 うんうん、やっぱりいいセンス。

 俺がもし人間のまんまだったら、そういうこと考える職業に就く機会もあったと思うんだよね。

 ほら俺、絵も上手いし? 漫画家とか。

(――――なにもかもが遅いけど)

 だって、俺はもう俺ではない。

 今の俺は“”だ。

 でも、今はそれすら誤認まちがいだったような気がしてきている。


 だって、あいつが手のなりをしていたのは偶然だろう。

 俺が自画像を描いていたら首から上が挿げ替わっていたんだろうし、脚だったら脚……って風に。

 だから、あいつの正しい名前は“鳴手なりて”でも“成手なりて”でもなく“形手なりて”だったんじゃないかと今になって思うんだ。

(なんでこんなことになったんだろうなあ……)

 だけど、こうも思う。

 確かに俺は俺として生きていたかった。

 やりたいこともあったし、今思うとなりたいものもたくさんあった。

 けど、俺が成り代わられたのが手の形をした妖怪でよかった。

 

 ――だって、もし鼻や首だったら?

 俺が自分からアクションを起こすことはできなくなっていたはずだ。

 自我は消失していないのに。

 俺はここにいるのに。

 でも、あいつが手の形をしていたから。

 おまけに俺が描いたのは俺の手で、他人の手より使い勝手がいいから。

 最初からよく馴染んでいたから。

 だから、俺は俺の身に起きた不可思議な出来事をこうして書き記すことができている。

 時系列に沿って自分の体験を書き起こすだけでも随分と心の余裕が持てたし、この手記を見つけた誰かに俺の存在を認知してもらうことだってできるかもしれない。

 形手なりてなりにもできることがある。


「これがほんとの“”ってね」

 ――でも、やっぱり口惜しいな。

 今のだって、ぼそっと口に出したら教室中が沸いてくれただろう。

 なんで俺には口がないんだろう。

 形手になったからなんだけど。わかってるんだけど。

 脳がないから理解が追いつかないのかな。――なら、仕方ないか。

 とうに失くした鼓膜にはいまも、あいつの耳障りな拍手がへばりついている。



 (了)

 

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