成手
描いた絵が動き出した――だけでも十分すぎるほど奇妙な出来事だと思う。
だが、この話には続きがあった。
ある朝、俺は手を叩く音で目を覚ました。
舞台やクラシックのコンサートなんかに行くと、やたらデカくて圧を感じさせる拍手をする観客がいると思うんだけど、あんな感じ。
明確に“聞かせる”という意志を持った拍手をする奴が部屋の中にいた。
まあ、今の俺の状況に鑑みれば、犯人はあいつしかいないけど。
「なんだよ、こんな時間に……」
思った通りだ。ぼやく俺の前にはあいつがいた。
俺が描いた手は俺を覗き込んでいた。
「……え?」
声を上げたのとたぶん同時だったと思う。
あいつは猫騙しの要領で両手を合わせ、ひときわ大きな音を響かせた。
――――パァン!
まばたきをした。
目を開けた。
視界には――――にんまりと笑む俺の姿。
どうやら俺は手に成ったらしい。
(ああ、なんだよ……。あいつ、最初からそのために絵を…………)
俺と入れ替わったあいつは、何度も何度も手を叩いていた。
(拍手をしてたのも…………)
仰け反って、心底おかしそうに笑っていた。
たぶんさっき俺が聞いたのと同じ音が、いまも部屋中に響いているんだろう。
一度だけではなく、何度も何度も連続した音が。
だけど、俺にはもうなにも聴こえない。
見えているけど、聴こえない。
俺はあいつに代わって手に成った。
◆◆◆◆◆◆
「…………なあなあ、あいつキャラ変わった?」
「長束?」
「そんな名前だっけ?」
「お前結構仲良かったじゃん」
「前までは。でもあいつうるせーの」
「そ? むしろ無口じゃん?」
「無駄口は叩かねーけどさ。
「ふーん、そっか」
◆◆◆◆◆◆
俺は俺の手を写した絵――から生まれた妖怪のようなものに成ったらしい。
とりあえず最初にしたのは、自分の姿を鏡に映すことだった。
俺が描いた絵そのものだ。俺の描いた手が飛び出して動いている。
どんな感情になればいいかわからず、笑みがこぼれた。
表情を作るにも顔がないから、おかしさが込み上げただけだけど。
どういう仕組みだよ、本当に。
(……俺、ほんとにあれになったんだ。美術の時間に描いた動く手のスケッチ。俺はあいつと入れ替わった……んだよな)
再び笑いが込み上げる。
細めるための目も緩める口も、そこから覗く歯だって、やっぱり今の俺には残されてないんだけどさ。
でもなんか、胸らへんから喉下まで笑いが込み上げてくる感覚は残ってて、「ああ、そこまでは奪ってかなかったんだな。ありがとう」なんて思ったりして。
礼を述べる必要はおろか、感謝の念を抱く必要からしてないはずなのに。
再び意識を鏡に戻す。
――と同時に疑問が浮上する。
目や視神経もないのに、俺はどうやって俺の姿を見て、それを認識しているんだろう。
メカニズムが解明されたところでどうにもならないけど。
そもそも妖怪ってそういうもんだと思うしさ。
内に向かいたがる意識を、再び自分自身から鏡に向ける。
4Bの鉛筆で描かれた濃い目の線が形作る俺の器は、うっかり見惚れてしまうほどに美しかった。
俺って人間のときからこんなにナルシストだったっけ?
自覚はなかったけど、そうだったのかも。
自分の見た目に自信があるタイプの、一番メジャーでわかりやすいナルシストじゃなくて、自分の能力に自信とプライド持ってるタイプの。
姿が変わっても、俺が人間時代と同じように俺自身の能力に酔い痴れているのがなによりの証拠だ。
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