【短編】風呂キャンセル界隈を論破して風呂に入れるのが趣味の少女の話。

鷹仁(たかひとし)

風呂キャン界隈vs日に三度風呂に入る少女

 少女の趣味は、世に蔓延る風呂キャンセル界隈の人間を論破し、風呂に入らせることだった。

 今日も少女は風呂に浸かりながら、ジップロックに入れたスマホを器用にタップし、ブックマークした掲示板へとアクセスする。


 “風呂キャンセル界隈の集い”と書かれた項目を開くと、そこには百人を超えるユーザーがいた。


「風呂入るのめんどくね?」

「風呂はタイパ悪い。俺は赤ちゃんのお尻拭き使ってる」

「俺、風呂やめて一年経ったわ草」

「↑臭」


 掲示板に残された夥しい数の怠惰と禁浴自慢に、少女は思わず舌打ちする。

「救いようのない分かり合えぬ者たち」

 少女は憤りを感じるも、すぐに思い直す。


「……まあいい。学校のストレスを発散しきるには風呂に入るなんてぬるま湯過ぎるからな」

 分かり合えない人間を正しい道に救い上げる事こそが、彼女最大の癒しである。

「さて、今日も狩りの時間だ」

 少女は思わず舌舐めずりをした。


 まずは準備運動とばかりに、少女は早速、慇懃無礼に次の一文を書き込んだ。


「お前たち、風呂に入れ」


 掲示板が揺れた。

 もはやそれは定刻にやってくる厄災そのもの。日に三度やってくる天災を時計代わりにしている者がいる程、彼女の入浴は正確だった。そして、かつて何人もの風呂キャンセル界隈を浴槽に沈めた彼女は、畏敬を込めてカームネスと呼ばれている。


 凪来襲を直感した掲示板全体が少女に対抗すべく、徒党を組み、臨戦態勢をとる。


 この大袈裟すぎる反応も、少女への戦力としては心許ない。

 彼女にかかれば数年モノの垢に塗れた出不精も、無抵抗のまま湯船に引きずり込まれるのだ。そして、彼女が通過した後は、辺り一帯、静寂に包まれる。


 掲示板の住人は、口々に非難の言葉を彼女に浴びせる。


「お前に俺の痛みが分かるか」

「その痛みは汗疹あせもだ。風呂に入れ」

 噛みつかれた側から、少女は言葉の拳で薙ぐ。


「乳首が痒い」

「それも汗疹だ。風呂に入れ」

 少女の拳を湯の花で染めるたび、世の中の浴槽に湯が溜まっていく。


「貧乏で風呂がありません!」

 少女は家庭の事情すら顧みない。

「薬缶で湯を沸かせ。庭に穴を掘り露天風呂に入れ」

 まるで暴君のように、風呂に入る事を彼らに強制する。それに抗えない弱きものは、力なく「YES」と答えるしか許されなかった。


 千切っては投げ、千切っては投げ。少女にリプライを返された相手は負け惜しみがわりの低評価を押して去ってゆく。まるで百人組手のごとく不潔な輩を切り捨ててゆく彼女の姿は百戦錬磨の剣豪、宮本武蔵と見紛うほどであった。


 一人、また一人と掲示板から人が去っていく。

「どうして抵抗する。私はこんなにもお風呂を愛しているのに」

 今日も勝利を積み重ねた彼女は、未だに抵抗を試みる風呂キャン界隈を睥睨へいげいする。死屍累々と積み重なった対戦相手の身体は、すでに彼女の玉座に成り果てていた。


「お前の常識が俺たちの常識だと思うなよ!」

「日に三回も風呂入るのは異常だろ!」

 掲示板に、尻に敷かれた負け犬の遠吠えが響く。そろそろ相手をするのも面倒くさくなってきた少女は、妙案がないかと頭を捻った。


「ふむ、ではこうしよう」

 風呂に入っている時ほどアイデアが湧くもので、少女は風呂キャン界隈にとどめを刺すべく、最後の一文を投下した。


「小学生の女の子に臭いって言われるの恥ずかしくないんですかぁ?」


 時が止まる。まるで、彼女以外がこの世界からいなくなったように。

 そして、時はまた動き出す。


「ぐぁっ」

「ひぃぃ!」

「正論すぎて僕は死にました」

 一瞬の沈黙の後に、掲示板中に書き込まれる敗北宣言の数々。

 今日は反抗が無くなるまで一時間弱かかったことに若干の不満を覚えつつ、少女はスマホの電源を切った。


 のぼせてはいけないからと、少女は湯船から上がり、髪と身体を洗って再び湯船に戻る。いつも彼女は右足から湯に浸けていた。

「水底は静か」

 耳をすませば、スマホの向こうで誰かが風呂に浸かる音がする。


 少女は気のせいかと思ってスマホを見ると、一通の通知が届いていた。


女帝・凪エンプレス・カームネス

「Ah-hun?」

 掲示板に潜入していた少女の信徒からだった。取り逃がしたゲリラが、再度掲示板に新しい拠点を作ったらしい。一つ反抗勢力を潰しても、また次の戦場に移るのが、少女の宿命だった。今日は気分がいい。少女が獣の貌を覗かせる。その時だった。


 突如、扉が開く音がする。両親は仕事だ。浴室の入り口を誰かが開けたわけでもない。

 開いたのは、その手前。何も無かった空間に出現した、ピンク色の扉だった。

 少女はニヒルな笑みを浮かべる。


 ドアの向こうから、アーティスト気取りの丸メガネを掛けた小学生男児と、どこか心配そうな青狸がこちらを覗き込んでいた。

 そうだ。男たるものこうでなければいけない。易々と潰走した風呂キャン界隈の人間とは違い、眼鏡の奥に秘める肉食獣の如き眼光に、少女は国民的アニメの主人公の器を見出したのだ。


 少年は少女を敬愛していた。そして、少女は少年の視線に慣れていた。

「きゃー! のび太さんのえっちー!」

 こうして少女は、視聴者に向けて精一杯のファンサービスをするのである。

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【短編】風呂キャンセル界隈を論破して風呂に入れるのが趣味の少女の話。 鷹仁(たかひとし) @takahitoshi

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