6434という数
天野 純一
第1話 6434という数
1995年1月17日5時46分52秒。
兵庫県南部地震――通称・阪神淡路大震災が発生。死者数は災害関連死も含めると6434名にものぼり、当時戦後最大級の甚大な被害をもたらした。
阪神高速3号神戸線が倒壊。線路がめちゃくちゃになり、電車は脱線。至るところで火の手が上がり、消防のサイレンが絶え間なく鳴り響いた。
僕が生まれるのはその十年以上後のことである。神戸の街はすっかり復興を遂げ、震災の面影はもうどこにもない。
それでも、目を背けたくなるような悲惨な画像を小学生の頃から数えきれないほど見てきた。震災後に神戸に生まれた人なら皆通ってきた道であろう。
大学の友人が「しあわせ運べるように」を知らなかったときには軽いカルチャーショックを受けた。神戸の小学校では毎年1月17日になると追悼とともに必ず歌われる曲である。
僕の父は震災当時、神戸市長田区に住んでいた。
父は地震発生時、一階で就寝していたという。実際5時46分なんて寝ている人が大半だろう。
父宅は突然強い揺れに見舞われ、二階が降ってきた。「春が二階から落ちてきた」ならぬ「春に二階が落ちてきた」状態である。
しかし偶然置かれていたタンスに引っ掛かり、天井の落下が止まった。父はなんとか自力で脱出した。
長田区は阪神一帯の中でも最も大規模な火災が発生した地域。地震発生からしばらく経つと、もう周辺は火の海になっていた。
この話を聞いたとき、「自分が今ここにいるのは凄い偶然の積み重ねなのかもしれない」と幼いながらに思ったことを記憶している。
もしもタンスがなくて圧死していたら。もしも火災に巻き込まれていたら。父はいとも簡単に6435人目になっていただろう。そうなれば当然、僕はこの世に生まれてくることすらなかったわけだ。
6434名という数は「6433と1しか変わらない数」のように見えるが、実際は6434人目にも人生があり、家族や友人がいたはずなのだ。至極当たり前のことだが、昨今改めて問い直されなければならないように感じる。
XやInstagramで、当時に比べて遥かに情報発信の速度が向上した。それに伴い、情報の信用度は格段に低下している。
一昨年の能登半島地震の際、無関係の第三者が「助けて」と呟き、警察機動隊を出動させるという迷惑行為をリアルタイムで見ていた。
胸の中を掻きむしられるかのような強い怒りを覚えた。
とんだふざけた輩がいたもんだ、で済む問題ではない。川で爆竹遊びをして自爆するならまだしも、現場の救助態勢を妨害するなどもっての他である。
この行為は偽計業務妨害に該当するようだが、全てを摘発することは事実上不可能だろう。
こんな事例は一端にすぎない。生成AIでの捏造が誰にでも可能になった今、次の震災はこれまで以上にフェイク情報で溢れかえるだろう。
緊急時には「批判的思考」や「情報ソースの確認」にも限度がある。「助けて」と通報があったら、嘘だったとしても出動するしかない。本当だった場合に取り返しがつかないことになるから。
したがって、責任は全面的に発信する側(および拡散する側)にある。承認欲求によるものが大半なのだろうが、根本的に根絶する方法は残念ながら存在しないだろう。
でも正直な話、道徳の授業を真面目に受けた人間なら「嘘の通報」をするという発想には絶対にならないだろう。
やはり重要なのは教育にあると思う。
僕は阪神淡路大震災当時の人々の苦難について、ある程度は知っている。もちろん実際に体験された方々とは比べ物にならないけれど。
そして僕の場合、阪神淡路大震災に比べると東日本大震災については無知である。熊本地震や能登半島地震についてはもっと知らない。
自分で調べたりニュースで見たりする分には分かるけれど、小学校教育で再三教え込まれた内容には勝てない。
承認欲求に負けて被災者をさらに傷つけるような真似をする人は、たぶん震災の状況をよく知らないのだと思う。極端な話、実際に被災した経験のある人がそんなことをやるわけがないからだ。
小学生の頃はよく分かっていなかったけど、今となっては思う。
「経験」を「知識」に変え、バトンを繋いでいく。それこそが我々にとってもっとも重要なことなのだろう、と。
6434という数 天野 純一 @kouyadoufu999
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