最終話 カゲロウの旅立ち

 どのくらい時間が流れたのでしょうか。カゲロウはいつものように子どもたちを見守っていました。


 カゲロウは、静かに空を見上げました。

 そこには、どこまでも続く光の道が伸びていました。

 かつては眩しすぎて見えなかったその道が、今はやさしい風のように、彼をそっと招いています。


 カゲロウはもう薄く揺らぐことはありません。

 影に引かれることも、虚世界に沈むこともありません。

 光と影のどちらにも属さず、そのどちらも抱きしめることができる存在になったのです。


「ぼくは、みんなを見守る風になれたんだね」


 カゲロウはそうつぶやくと、胸の奥に、小さな“問い”が芽生えるのを感じました。


 ―この世界の向こうには、何があるのだろう。空の向こうには何があるのだろう?


 それは、この世界を『知る』ことだけを役割としてきた彼が、初めて抱いた『もっと見たい』という命の衝動でした。


 それは、誰かのためではなく、初めて“自分自身のため”に生まれた問いでした。

 カゲロウの胸の奥で、静かに眠っていた『自分自身の旅心』を呼び覚ましたのです。


 カゲロウは、風に身をゆだねるように、そっと空へと浮かび上がりました。

 風が彼の背中を押し、光の道がやわらかく揺れました。


 次の瞬間、カゲロウの姿は光の速さを越え、世界の境界をひとつ、またひとつと越えていきました。



 どこへ向かうのかは、まだ誰も知りません。

 けれど、その旅の先で、カゲロウはきっとまた誰かの影に寄り添い、新しい光を見つけるのでしょう。


 空には、ほんの一瞬だけ、虹色の輪が浮かびました。

 まるで「いってきます」と言うように。

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カゲロウの存在 イソトマ @omiso_senpai

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