千年を超えた奇跡 ~あけぼのとむらさき。ときどき、小町~
三毛猫丸たま
もしも、あの二人が神様に願いをしたなら……
令和八年、元旦。
鴨山神社の境内には、まだ朝の冷えが残っていた。
白く曇る息が、ゆっくりと冬空にほどけていく。
石段を上る二人の姿は、新年の光の中で、どこか対照的。
声を弾ませながら歩くのは、
明るい色合いの着物を軽やかに着こなしている。
朱を含んだ文様が裾に揺れ、歩調と一緒に気分まで跳ねていた。
「ねえねえ紫! やばくない!? 空! 空がもう“正月ですけど!?”って顔してるんだけど!」
一歩遅れて歩くのは、
落ち着いた色味の着物に身を包み、境内の空気を確かめるように視線を巡らせている。
「年の初めとは、かくも澄み渡るものですね。昨日と今日のあわいに、薄き帳(とばり)が垂れたようです」
紫は静かに言った。
「なにそれ!」
清子は即座に振り返る。
「新年早々の
二人は並んで賽銭箱の前に立つ。
硬貨が落ちる音。
鈴を鳴らすと、澄んだ音が冷えた空気を震わせる。
それぞれ、短く願いごとをする。
目を閉じ、そして――
清子が顔を上げた、そのとき。
賽銭箱の陰から、ひょこっ、と小さな顔がのぞいた。
「……は?」
一拍の沈黙。
「え、え、え、えぇぇぇぇぇ!?」
清子の声と制御を失った鈴の音が、境内に響き渡る。
「ちょっと待って待って待って!! 今なんか出てきたんだけど!? ねえ紫! 見た!? 見えてるよね!?」
清子は両手を広げたまま、ほぼ跳ねる勢いで一歩前に出た。
着物の袖をばたつかせ、空を見上げて、全力で叫ぶ。
「神様キターー!! お正月ボーナス!? 初詣ガチャ激レア来たんだけど!?」
紫は一度、静かに息を吸った。
この騒音の中で、ただ一人、時間の流れを測るように。
「清子」
低く、穏やかな声。
「声高にすれば、神も人も驚きましょう」
やわらかな桃色の着物に、にこにことした笑顔。
淡い金色の髪。
切りそろえられた前髪の奥で、大きな青い瞳がまっすぐこちらを見上げている。
――完全に、いる。
紫は少し考え、言葉を選ぶように間を置いた。
「あなたは……人と人の縁を結び、名より先に、気配として語られるものですね」
少女は、ぱっと顔を輝かせた。
「そうなのよっ! わらわ、
「それにね! わらわ、
「えっ!?」
清子は前のめりになる。
「え、待って!? 今、世界線ずれなかった!? ねえ紫! 私、幻聴じゃないよね!?」
紫は、わずかに微笑んだ。
「……なるほど、人の世の言葉は、思いがけぬところで、時を越えるものなのですね」
「ねえねえ!」
清子はもう止まらない。
「記念! 記念だから写真撮ろ! 絶対あとで説明めっちゃ困るやつだけど!」
清子は紫と小町の真ん中に立ち、手を引く。
三人は鳥居の前に並ぶ。
清子がスマートフォンを構え、小町はひょいっと二人に身を寄せた。
紫は、やわらかい笑みを浮かべる。
「はい、撮るよっ!」
シャッター音が、ひとつ。パシャ。
その直後、石段を駆け上がる足音。
「小町!」
息を切らした声。
「勝手に動き回らないでって言ったでしょ!」
現れたのは、年末に小町と再会した
少女は振り返り、その腕の中へ、するりと戻る。
「もう……」
灯は困ったように言い、二人に軽く頭を下げた。
「……すみません。ご迷惑を」
「え、あ、いえ!」
清子はまだ少し夢見心地で、つられて頭を下げる。
「めっちゃびっくりしましたけど、なんか……新年から運が降りてきた気がします!」
紫は静かに頷く。
「年の初めに、よき気配に触れられました」
境内の賑わいは、最初からそこにあった。
一瞬だけ、その中心から外れていただけ。
振り返ったとき、そこに小町の姿はなかった。
願いを乗せた鈴の音だけが、少し遅れて、空に残っていた。
帰り道のカフェで、清子はスマートフォンを見て、声を上げた。
「ねえ紫。これ、普通に写ってるんだけど」
鳥居の前で撮った写真。
清子と紫、そして――二人の間に、淡い色の着物を着た、小さな少女。
笑顔。
はっきりと、そこに「いる」顔で。
「消えてない」
清子は言った。
「普通に、三人」
紫は画面を見て、少しだけ考えるように黙り込む。
「……写るべきものが、写ったのでしょう」
「なにそれ、ずるい言い方」
清子はそのまま投稿画面を開いた。
『初詣 映えすぎ注意 神さまよ 三人写るは 盛れてる奇跡』
(この写真みたいな奇跡が、今年もちゃんとありますように)
すぐに通知が鳴る。
『年の端に 鈴の音聞きて 願はくは をかしき日々を 添へ給へ』
(この一年が、楽しく、美しいものでありますように)
「紫の返歌ガチすぎ!」
清子が笑う。
「正月ですから」
紫は静かに微笑んだ
世界は、何事もなかったように続いている。
そのフレームには、確かに――三人がいた。
ひと時の奇跡を一枚残して、神様は帰っていった。
神様は、願いを叶える存在ではなく、一瞬だけ、世界を肯定してくれる存在。
(了)
千年を超えた奇跡 ~あけぼのとむらさき。ときどき、小町~ 三毛猫丸たま @298shizutama
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