最終話 私の思いと共に飛んで行け、遠く、遠くへ。

 羽崎くんが戦場に行ってから半年以上経った。まだ彼は帰ってこない。

 男子が一人もいなくなった朝の教室で、私が数学のテスト勉強をしているとき、担任の先生が慌てた様子で入室してきた。


「残念な知らせがある」


 なんだろう、と思った。すごく嫌な予感がした。


「羽崎が亡くなったようだ」


 ……………え?


 そこからは先生が何を言ったか覚えていない。

 頭が真っ白になって、気づいたら放課後になっていた。

 ホームルームが終わると、先生が私の方に来た。


「細田、羽崎からお前宛ての手紙が届いているぞ」


 と言って、先生は私に手紙を渡した後、教室を出ていった。

 ぼーっとしていると、教室にいるのはいつのまにか私一人だけになっていた。

 そこでようやく我に返り、ああ、手紙、渡されていたんだった。読まないと、と思って、手紙を開いた。

 そこには、こんなことが書かれていた。



 細田美玲さん


 久しぶり。

 まず、君に謝らないといけないことがあるんだ。


 ごめん、本当は、僕は後方じゃなくて、前線で戦うことになっていたんだ。

 君を悲しませたくなくて、嘘を吐いた。

 でも、これが届くころには、僕は死んでいるだろうから、結局悲しませることになってしまったのかもしれないな。


 なぁ、君は僕の死を悲しんでくれるのかな。

 君に悲しんでほしくないけど、でも、悲しんでくれていたら、嬉しいって思ってしまうんだ。それだけ大事に思ってくれていたってことだろうから。


 ああ、死にたくなかった。

 君の手紙をもっと読みたかった。

 君の綺麗な字が見たかった。

 もっと君と仲良くなりたかったのに。

 下手くそな字かもしれないけど、君に向けてたくさん手紙を書きたかったのに。


 ああ、でも、この手紙で最後なんだ。

 君のことを愛している、ずっと、死んでも。


 さようなら、またいつか会えることを願っています。


                 羽崎敏行




 くしゃくしゃの字でそう書かれていた。


 私は彼がどんな様子でこれを書いたか、わかってしまって、悲しくて、涙が止まらなくなってしまった。


 ああ、きっと、彼は震える手でこれを書いたのだろう。

 死の恐怖に怯えながら、故郷に思いを馳せながら、私のことを考えながら、これを書いたのだろう。


「うう、うあああああああっ!」


 みっともなく、子供みたいに、私はしばらく泣きじゃくった。


 涙が出なくなるまで、一時間くらいかかった。

 でも、悲しくなくなったわけじゃない。

 涙が出なくなるほど、泣いただけだ。


 いつのまにか、教室に赤みがかった陽が窓から差していた。

 一人でずっと泣いていたのか、私。


 ばか、ばかばか、あいつ、私を一人にするなんて。

 ひとりで行っちゃうなんて、ばか、ばか。

 まだ、私、あなたに返事もしてないのに。


 ああ、そうだ、返事だ、私はまだ彼にこの思いを伝えてなかった。だから、今すぐしないと。


 私は屋上へ向かった。

 夕暮れの屋上、きっともうすぐ世界は暗くなってしまう。

 その前に、やり遂げないと。


 私は手紙に伝えたいことを書いた。

 それを紙ヒコーキにして、屋上の中心から、校舎の外に向かって飛ばした。

 それはフェンスを越え、オレンジ色の太陽へと向かっていく。


 飛んでいけ、高く、高く、そして届け、遠いところにいる彼の元へ。

 私のこの思いを、どうかどうか、伝えてください。


 愛していますって。

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紙ヒコーキ告白 桜森よなが @yoshinosomei

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