神絵師じゃなくても
結局、葦草の神絵師レベルの画力は戻らず、元々自身に備わっていた、ミミズののたくったような線による落書きを描くのが精一杯だった。
神絵師の久々の復帰イラストが素人感丸出しの落書きだったことに、周囲からは少なくない数の落胆の声が見られた。
そして、便乗するかのようにアンチコメントも投げかけられる。
気にしなくてもいいコメントばかりだが、凹み気味のメンタルの時にはどうしたってこの手のコメントは刺さってしまうものである。
(あうあう、まあそうだよなぁ。クッソへたっぴなんだもんなぁ、自分の元のイラスト。だからこそ神絵師の手を食ったのになぁ……七十万……)
葦草は泣きそうになりながらも、自身の身に起きたことを正直にSNS上で告白した。
「皆さんを騙すような形になってしまってごめんなさい。私は神絵師の手を食べて神絵師のような画力を得ていましたが、半年間サボったせいで元の素人レベルにまで腐ってしまいました。絵はちゃんと描き続けなきゃ上手になりません。私のような失敗はしないでください」
すると数分後、上記の告白文面にレスポンスがつけられた。
オナカさんからだった。
『久々に葦草さんの絵が見れて嬉しい! 前までの神絵師イラストも良かったけど、元の肩の力が抜ける緩ーいイラストも好きですよー。これからもよろしくお願いしますね!』
(オナカさん、神か? 神じゃなくても聖人だろこんなの……)
葦草の胸に熱いものが込み上げてくるのを感じ、言語化できないほどの感謝の念が沸き上がる。
葦草はその思いを、精一杯の「いいね」に圧縮して届けた。
今の葦草には、それが限界であった。
程なくして、件の告白には次々とレスポンスが寄せられた。
曰く、「神絵師の手って描くのサボるとどんどん劣化するって本当なの!? 初めて知った!」という驚きの声、「そんなのって詐欺じゃね!? ジャポネットたかたんで物買うのもうやめるわ」という同情的な憤慨、「楽してチートなんか得ようとしたからだよバーカ」という誹謗中傷、「もうあのレベルのイラストが見られないと思うと残念です」という遺憾の意、「記念パピコ」といった冷やかし便乗、「Wow,Nice」、「素晴らしいです、これはなんですか?」というインプレゾンビなどなど。
それぞれが、あまり丈夫でない葦草のメンタルをめっためたに打ちのめした。
しかし、それ以上に。
「葦草先生の脱力イラスト、味があって好き」
「神絵師モードも良かったけど、こっちの方が馴染みがある」
「やっぱ葦草さんはこの絵じゃなきゃ落ち着かないわ」
「この緩さが葦草先生の良いとこなのよ」
「こっちの絵の方が個人的に好みかも。短めのギャグマンガ向きの絵だよね」
「楽しそうに描ける方がいいんでないの? 作画コストかかる絵ばっかりだったから、今の方がある意味安心できるわ」
元々葦草の事を応援していた古い付き合いのファンたちの声が、葦草のメンタルに沁みた。
「君たちいい人過ぎへんか!? 豚をおだてて木に登らせたいのか!?」
単純な葦草は既に前を向いていた。
「ふへへ、そっか、こういう絵でもいいんだ。よっしゃー、こうなりゃもういっちょ描いてやるしかねぇ!」
液タブを引っ張り出し、新規イラストのキャンパスを立ち上げる。
すり減ったペン先の感度をちょっとだけ気にしながら、またミミズののたくったような線で顔を描く。
線の方向に迷い、何度もやり直しを繰り返す。
走り過ぎた線を消す。
時折消すのもやり直す。
アタリは面倒くさいので、もう描くのをやめた。
本来なら分けるべきレイヤーも、面倒くさいので全て同一レイヤーだ。
ただそれでも、見本となるフィギュアだけはじっくり観察し、特徴となる部分だけは忘れずに拾い上げる。
そこに自分なりのアクセント……本物よりも少し大きなバストサイズに盛り、むひふと品のない笑みを浮かべる。
着色に入る。
何色が一番近いか、もうよくわからない。
ああでもないこうでもないと迷いながら色を置く。
グラデーションや光の濃淡のつけ方がわからない。
もうテキトーでいいやと、スプレーで中間色をふかして誤魔化した。
出来上がったのは、特徴的要素だけはしっかり押さえられているものの、随分とふにゃっとしていて、見ているだけで肩の力が抜けるような、緩ーいワタリガラスお姉様だった。
フリル地獄は見事に簡略化され、翼もかなりテキトー、手に至っては指が判別できない塊になっている。
「ははっ、こりゃ神絵師とは到底言えそうにない落書きだわ」
それでも、いいねはついた。
二十にも満たない数だったが、葦草にはそれでも十分だった。
「神絵師じゃなくても、お絵描きはできる。それに、お絵描きは楽しい。てか、疲れるお絵描きをするくらいなら、もう神絵師じゃなくてもいいや。自分にはこっちの方が性に合ってる」
葦草はゆるゆるワタリガラスお姉様を固定ツイートにすると、夕食を食べに外に出かけた。
そんな葦草を労うかのように、遠くでカラスがカァーと鳴いた。
神絵師の手 お仕事中の情シス @SE_Shigoto_Shinagara
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます