神絵師の再起動!
葦草がイラストを描かなくなってから、約半年が経過した。
粘着質なアンチも一ヶ月もすると、勝手に勝利宣言をして離れていった。
人生では敗北しているのに、おめでたいやつらである。
イラストを描かなくなって以降も、葦草は「トリ娘」というコンテンツ自体は好きであり続けたため、TLに流れてくるイラストにいいねやRTをして応援していた。
そんな中、何気なく見たTL上に、オナカさんのイラスト付きツイートが流れてきた。
「おーかわいい、フンボルトペンギンちゃんじゃん」
かわいいとは称したものの、オナカさんのアップしたイラストは良く言えば「味があるイラスト」、端的に言えば「シンプルな落書き」であった。
そんなクオリティなので、結局まだ神絵師の手を食べていないことは、誰の目にも明らかだ。
いいねもRTも、三十前後と控えめな数字である。
それでもフンボルトペンギンちゃんの特徴はしっかりと押さえられており、その可愛さに込めた愛は十分に感じられる一枚だった。
葦草はほぼノータイムでいいねとRTをし、更に「かわいい!」と一言コメントを付けた。
数分後、そのコメントにオナカさんからの返信がつけられた。
『葦草さんありがとー! 結局お金がなくてまだ神絵師の手食べてません! 早く食べて葦草さんみたいに上手になりたい! 久々にまた葦草さんの絵が見てみたいです』
葦草は複雑な顔をした。
胸の内に、言いようのないモヤッとしたものが広がる。
それは、「わざわざ疲れるようなことをしてまで頭のおかしなやつらに中傷されに行くようなことをする必要はあるのだろうか」という疑問だったり、「神絵師の腕なんか食べてもいいことなんかないぞ」という諦観だったり、「オナカさんみたいに純粋な気持ちでお絵描きができたらどんなに楽な事か」という羨望でもあった。
だが、最終的には「オナカさんみたいに自分の事を応援してくれる人たちもいる」と、前向きな気持ちが勝った。
葦草は久方振りに液タブを引っ張り出し、クリップスタジオを立ち上げた。
が。
「おおお、おんやぁ……?」
線が、描けない。
いや、言葉通りの意味で描けないわけではないのだ。
しかし、それは半年前の時分のようなスムーズな線ではなく、かつて神絵師の手を食べる前のような、頼りなく、思い通りの場所に描けない、筆圧に迷いのある雑な線であった。
「おかしい……こんなはずじゃ……」
焦りを感じながらも、アタリを描く。
線が気に食わず、一本の線を描くだけなのに何度も何度も書き直した。
ようやく出来上がったアタリだが、それでも関節の位置や左右のバランスがおかしい。
顔を描いてみる。
睫毛のラインが右と左とで非対称だし、そもそも線が歪だ。
右の眉毛は細いのに、左の眉毛は太い。
そして瞳の彩光が描けない。
髪を描く。
服を描く。
手を描く。
脚を描く。
靴を描く。
翼を描く。
それら全てが、落書きの範疇を出ないほどの、みっともないレベルだ。
そしてこれらの惨状に、実に思い当たりがある。
神絵師の手を食べる前の、葦草本来の画力レベルと一致する。
「うっそだろおい……」
葦草は愕然としながら、ジャポネットたかたんに急遽問い合わせの電話を行う。
コールセンターへの電話は、かなり待たされた後につながった。
「もしもし! あの、半年以上前にそちらで『神絵師の手』を購入して利用させていただいたんですけれども! なんか、急に画力が元に戻っちゃって……! これってどういうことなんでしょうか!?」
すると、電話口のオペレーターから「しばらくお待ちください」という声と、待機音の「エリーゼのために」が数小節流れた。
程なくして、オペレーターが回答を用意して戻ってくる。
「お待たせしました。『神絵師の手』をご利用になられたとのことですが、お客様は最後にイラストを描くようになってからどのくらいのお時間が経過しておりますでしょうか?」
「えっ、えっと……その、半年くらい……」
一瞬、オペレーターとの間に何かを察したような間が生まれる。
「お客様、大変申し上げにくいのですが……『神絵師の手』は定期的にイラストをお描きにならなければ、どんどんとその画力が劣化していってしまうのです。半年もの間イラストをサボってしまったとなると、その手は『鈍った』を通り越して、既に『腐って』しまっているかもしれません……」
「えっ、えーっ!?」
思わず叫び声が出てしまった葦草は、そのまま膝から崩れ落ちた。
「な、七十万もしたのに、パーになっちゃったんですか!?」
「誠に残念ながら、左様でございます。本製品の取扱説明書にも、『定期的にイラストを描く訓練をして、腕が鈍らないように』という注釈があったかと思うのですが……」
「あっ」
記憶の中を探ると、確かにそんなことが書いてあった気がする。
「こ、この場合の補償って……」
「恐れ入りますが、お客様に保証対象外の過失が見受けられるため、ご対応しかねます」
トドメが入った。
こうして、見事に葦草の神絵師人生は幕を閉じることとなった。
奢れるものも久しからずやとは言うが、実に短く呆気ないものである。
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