【掌編】愛の射程
鷹仁(たかひとし)
引き合うのも、愛。
八月一日、M-1グランプリ一回戦。大阪心斎橋のSPACE14のホールは観客で一杯になっている。
司会が
コンビ名を“愛の戦士”とした二人が初めて顔を合わせたのは一ヶ月前だった。
歳は三十代前半。中肉中背のマッシュ男と、背の低い小太りである。
服を脱いで半裸になると、小太りはズボンに手を突っ込む。その手には洗濯バサミ。
「まずはこの洗濯バサミで、彼の右乳首を挟みます」
「い゛っ゛」
小太りがマッシュ男の胸に洗濯バサミを突き刺すと、マッシュ男の体が跳ねた。
マッシュ男は恨めしい目をくれる。一回戦の雑なお笑いが好きな観客から、心配そうな声があがる。
二人はさらに畳み掛ける。
「もう一つの洗濯バサミはこの人の左乳首に……」
「ぬ゛っ゛」
今度はマッシュ男が小太りに洗濯バサミを突き立てる。小太りは目を血走らせながら痛みに耐え、少しの間をおいて二人で頷きあった。
ここでようやく、観客から笑いが漏れる。
小太りとマッシュ男がすでにやり切った感を出していたのだ。
「そして、この赤い糸で二人の洗濯バサミを繋ぎます」
手には、一本の赤い毛糸。
「余った糸は、毛糸のパンツでも縫ってください」
二人は毛糸玉から一メートルの糸を切り取り、糸の両端をお互いの洗濯バサミに通した。
観客が固唾を飲む。
なんと二人の乳首には、一本の糸で繋がれた橋が架かっていた!
「僕たちはこの架け橋を、年間二十万組のカップルが訪れる観光地にしてみせる」
二人が宣言する。観客はヤベェ奴らが来たと思った。
二人の馴れ初めは小説投稿サイトだった。
大阪に住むマッシュ男が小太りの小説にコメントしたのをきっかけに、二人は会ってみる事にした。そうして何度か会ううちに、折角だからとM-1に出てしまった。
なぜなら二人は、シュールギャグの小説を書いていたから。
「僕たちは同性愛者じゃないけれど」
「愛を語り合うことはないけれど」
「それでも僕たちを見た人が」
「きっと愛を語り合える素敵な橋になっているはずだから!」
二人は目を見つめながら距離をとる。限界まで糸が張り詰めた時、二人はいっせーので力任せに引っ張り合う。
橋は決壊した。そして、半裸の男が二人、ステージの中央で悶絶している。
【掌編】愛の射程 鷹仁(たかひとし) @takahitoshi
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