文学(芸)ボクシングの審査を昨夜いただきました。
詳細はこちらから
https://kakuyomu.jp/users/takahitoshi/news/822139841775025719アナタノミカタ - 下北沢から来ました。
https://kakuyomu.jp/works/822139841731174913VS
父はパオ星人/ぽんぽん丸さん
https://kakuyomu.jp/works/822139842376380043まずは審査員を快諾してくれ、講評を書いてくださった祐里さんと、となりさん。
ありがとうございました。年末年始にも関わらず僕たちの全力に応えてくださり、感謝しかありません。
様子を見る限り、ぽんぽん丸さんも楽しんでいただけたと思います。よかったです。
僕自身も、一日丸々使って余韻に浸りたくなるくらいには楽しかったです。
そもそも、こういうイベントは当事者が楽しくないと次またやろうとは思わないので、イベントをやった意義は見つけられたのだと思います。
後は、もう少し企画を詰めるのと、運営面のマニュアル化ですかね。
誰でもできるようにするには、パッケージとして手軽じゃなきゃいけないです。
今後百年単位でイベントを続けていくと仮定して、考えていたのは、専用のサイトを作ることです。
ユーザーの勝率、得票数をポイント化してランクをつけて、マッチングはランクの近い人で行います。ランクが格上の相手を倒すと、二階級ランクアップとかします。
人間が審査員をしてもいいし、今の時代はAIもありますね。夢があります。誰かやってください。
さて、僕の作品について話します。
個人的には今回の作品は大分攻めました。僕の作品は基本的に“救われる”のですが、今回は救われずに“信じるしかない”で止めてます。
そして、一番の核として“ウケない”シーンを書いてます。これは、笑ってしまうシーンを書くよりもきつかったです。大阪人なら途中で読むのやめるでしょうね。僕は富山県人なので大丈夫でした。
後は、歌詞とリンクさせて時代を浮かび上がらせる場面。“救われない”分、他のところでバランスを取った結果、構造をシンプルに曲に寄せに行きました。
このテクニカルな部分、“分かりやすく、王道に”が性癖の僕としては、読者に悪い意味で上手すぎて白けさせやしないかとヒエッヒエだったのですが、審査員のお二人は温かい目で見てくれたようで、評価を頂きました。
ただ、今回の反省点としてもうちょっと読者に理解されなくてもいいのではないかと思いました。主人公の芸が終わった後、一人のお客さんが「良かったです」と泣きながらやってくるのですが、「泣いているけど理由が分からない」にしたらどうだろうと思います。そして、自分の価値が分からないまま、明けるか分からない夜の雑踏で、それでも辞められないお笑いという行為を続けてしまう主人公を書く。
僕の今年のテーマである『証明しない』も、実はここから来ていて、“苦役列車”みたいに、淡々と人の癖や生き方を連ねることで、読者のもう一つの人生を浮かび上がらせるみたいなこと出来れば、僕はとんでもない化け物になれる気がします。
物語性は満点です。いぇい。
ぽんぽん丸さん、結構痛いの入ったんじゃないですかね。
時代考証や下調べに課題があったので、ちゃんと復習してきました。
いきなり遥か昔のことを書くのではなくて、今の自分に近い時代から遡っていく形で、徐々に地面から足を離して泳いでいけたらと思います。
一方で、独創性のところは物語の構造上、最悪捨てかなと思っていたのですが、お笑いの技術点が新規性に寄与してくれて最低より上で保ってくれたなという印象です。
ここは、ぽんぽん丸さんに軍配が上がりましたね。おそらく、大学時代の差というか、型を身につけているかいないかで、独創的な作品を量産できる思考に差が出来ているんじゃないかと分析しています。
沢山考えることが出来る作品や事柄って、やっぱり日常に必要不可欠だと思います。
そして、本気で勝ちたいと思って自分の限界を超えていけるようなきっかけを自分で作り出す、もしくは誰かに乗っかるのは、大事だということです。
そう意味でも、文学(芸)ボクシングはめちゃくちゃ面白いです。
後は、この楽しさを誰でも再現できるにはどうすればいいか。
簡単に、シンプルに、そして進化し続けていくにはどうすればいいか。
こういうシステム面を固めていけば、文学(芸)ボクシングは百年以上続くんだと思いました。