おみくじと天気予報

烏川 ハル

おみくじと天気予報

   

「あら、斎藤くん? こんなところで会うなんて……。斎藤くんの家、この近くじゃないわよね?」

 青々とした冬晴れの下。

 僕が彼女と出くわしたのは、ちょうど彼女のアパートから100メートルくらいの場所だった。

 僕が住んでいるのは、ここからならば電車で二駅。それを知っているのであれば、彼女が少し不思議がるのも無理はないだろう。

 僕としては、僕の家など来たことない彼女がその場所を知っている、というだけで少し嬉しくなる。誰から聞いたにせよ、興味ないならばすぐ忘れてしまう情報だろうに。


「うん、一人で初詣してきた帰りでね。あけましておめでとう、美咲ちゃん。今年もよろしく」

「ええ、こちらこそ。おめでとう、斎藤くん」

 反射的に挨拶を返した後、彼女は軽く笑いながら言葉を続けた。

「すごい偶然ね。私も初詣行ってきたのよ、幸子や愛美と一緒にね。彼女たちとは、ついさっき駅で別れたばかりなの」

 同じ大学の友人たちの名前を挙げる。

 彼女はいつも通りベージュのロングコートを羽織り、コートの隙間から見えるのは、白いブラウスとピンク色のフレアスカート。

 若い女性は初詣には振袖を着ていく……というのが僕のイメージだったが、一人暮らしの女子大生の場合、それらは実家に置きっぱなしで、わざわざ取り寄せたりしないのが普通なのだろうか。


「ほら、見て! 初詣で引いたおみくじ、三人とも大吉だったのよ」

 彼女はコートの中に手を突っ込むと、おそらく内ポケットから、一枚の紙片を取り出す。

「見て」「三人とも大吉」という言い方をしたが、さすがに三人分まとめて彼女が持っているはずもなく、自分の分だけなのだろう。

 パッと見るだけでは細かい文面までわからないが、それでも『大吉』という文字だけは見てとれた。

 僕は笑顔で頷きながら、その話題に乗っかることにした。

「おお、それこそ凄い偶然だね。三人どころか四人だよ、ほら!」


 僕もポケットからおみくじを取り出す。

 彼女とは違う神社だが、やはり初詣で引いてきたおみくじだ。

 同じく大吉。

 これこそが、僕がここまで来た用件だった。


 彼女の「斎藤くんの家、この近くじゃないわよね?」」に対して、最初に「一人で初詣してきた帰りでね」と答えたが、僕が行った神社は別にこの近くではない。

 初詣から真っすぐ帰るならば、この辺りを通るはずはなかった。

 それなのにこちらへ来たのは、彼女と会うため。会って伝えたいことがあったからだ。

 一人暮らしの女性の部屋を訪れるのは、僕にしてみれば勇気のいる行動だったが……。

 こうして部屋まで行かずとも会えたのだから、それこそ『大吉』効果のラッキーだろうか。このまま立ち話で用件を済ませてしまおう。


「見てよ、美咲ちゃん。僕の『大吉』のおみくじには、こんなことが書かれていてね。だから思い切って言うんだけど……」

 おみくじの文面を指し示しながら、秘めたる想いを口にすると……。


――――――――――――


「……」

 どこをどう歩いたのか、あるいは電車に乗ったのか。

 いつのまにか僕は、家の近所まで戻ってきていたらしい。

 ふと気づけば、公園のベンチに座り込んでいた。

 小さい頃は何度も遊んだけれど、大きくなったら立ち寄ることもなかった公園だ。


 腕時計を見れば、あれから既に2時間近くが経過していた。

 でも、今でもはっきりと思い出すことが出来るし、しばらくは忘れられないだろう。

「ごめんなさい。斎藤くんのこと、そういう目で見たことないし……。それに私、高校時代から付き合ってる彼氏がいるの。今は遠距離恋愛だけどね」

 という彼女の台詞せりふ自体も、そう言った時の困ったような表情も。


「……!」

 ぽつりと左腕に水滴が当たり、ハッとする。

 顔を上げると、雨粒が落ち始めていた。

 2時間前の晴天が嘘みたいに、空には灰色の雲が浮かんでいる。

 天気予報では、今日は夜まで降水確率0%のはずだったのに……。


「そうだよな、天気予報だって当たらないんだ。ましてやおみくじなんて、しょせんおみくじ。信じるべきじゃなかったんだ……」

 自嘲気味に呟きながら、握りしめたままの『大吉』に視線を落とす。

 すっかりしわくちゃになっていたけれど、その部分はまだきちんと読める状態だった。


『恋愛 迷うことなかれ ただちに告白せよ』




(「おみくじと天気予報」完)

   

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おみくじと天気予報 烏川 ハル @haru_karasugawa

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