第4話 魔眼

 胴体の傷も断ち切られた触手も治らないうちに、奴の白い体が爆発する。


 いや違う。


 あれは無数の触手を解き放ったんだ。まさに爆発的な勢いで増殖したそれは、今や視界を覆い尽くすほどになって押し寄せている。


 逃げ場はなく、それがこの身を押し潰そうとした寸前、夜空から下りたオーロラのカーテンが触手の波を遮断した。


「それだけデカくなったら避けられないだろ」


 触手の波を堰き止め、刀身から立ち上るオーロラ。


 その神秘を集めて刃に乗せ、鞘へと押し込める。


 再び活動を再開した触手の波へ、引き抜いた一閃が眩い光を放つ。


 解き放つのは光の奔流。


 視界を覆う触手の波を打ち破り、彼方まで続く光の軌跡。


 夜の闇ごと敵を払った後、静かな夜に残ったのは斬り刻まれた肉片だけだった。


「こんだけ細切れにすれば再生できないはずだ。だろ?」

「流石にな。ここから再生すりゃ大したもんだ」


 勝敗がついて、屋根の上から見ていた獅子堂が降りてくる。


「リベンジ完了。ふぃー、久々に手応えのある相手だったな」

「一回負けてるしな」

「それを言うなよ。あの時はほら、一般人に気を取られてだな」

「はいはい」

「言い訳じゃないって!」

「しかし、なんなんだ? この妖魔は」

「さぁな。死体を回収して分析すれば何かわかると思うけど」


 肉片に動く気配なし。


 先を切った触手みたいに再生しようと蠢いている様子もない。


 奇妙なのは生物的な構造が断面から一つも窺えないこと。


 目や鼻や耳や口がないことはわかってた。


 けど、骨も内臓もないとは思わなかった。


 ただの白い肉、肉と呼ぶのも不適切なような気もする。


 スライムのような何か。


 なにかこいつの正体に関する情報はないものかと、散らばった肉片の中央まで歩く。


「いま回収班を呼んだ……って、なんでまた俺がやってんだよ!」

「硬いこと言うなって。何時も助かってるよ」


 足下の肉片を躱して地面に足を突いた、その瞬間。


 白い肉片が一斉に動き出し、渦を巻く。


「なっ!?」


 まだ死んでいなかった。


 これほどまでに細切れにしたのに。


 そう思考する最中にも俺の体を拘束するように肉片が張り付く。


「夏目!」

「来るな! 間に合わない!」


 助けに入ろうとする獅子堂を言葉で制すると、瞬く間に全身が白い肉片で覆われた。


「ここは……」


 真っ暗だ。なにも感じない。


 圧迫感もなければ閉塞感もなく、自由だ。浮いているようですらある。


 再び視力を失ったのかと思ったけど、どうもそんな感じでもなさそうだ。


 白い肉片に包み込まれ、奴の再生に巻き込まれた。


 となると、ここは奴の中か?


 にしてはまるで別空間にいるようだ。


「どうすれば出られる」


 魔術を発動してオーロラを纏っても、周囲に届いた光はなにも照らし出さない。


 無。それだけが広がっている。


「目をこらせ」


 もっと注意深くものを見ろ。


 この暗闇の中で何も見逃さないように。


 ひょっとしたら本当にここには何も無いのかも知れない。


 それでも、見続けろ。


「――あれは?」


 小さな、本当に小さな輝きを見た。


 そちらに向かうために魔術で光の足場を造って跳ぶ。


 足の踏み場を連ならせ、輝きは次第に大きくなる。


 そうして手が届く距離にまで迫って、ようやくそれの正体を知る。


「亀裂……」


 何も無い空間に亀裂が走ってる。


 輝きはその隙間から放たれているように見えた。


「この先になにが?」


 覗き込むと、その先には見知った顔があった。


「獅子堂!?」


 戦っている。相手は俺を飲み込んだ白い妖魔だ。


「どうなって――いや、考えてる暇なんてない」


 亀裂。亀裂だ。


 思えばあれらは亀裂だった。


 月に映ったのも、ペットボトルのキャップが破けたのも、花が朽ち果てたのも、そこに亀裂があったから。


 なら今目の前にあるこの亀裂だって。


「そっちに行くから待ってろ!」


 鞘から引き抜いた刀にオーロラを纏わせ、狙い澄ませた突きが亀裂を破る。


 その衝撃が亀裂を増殖させ、空間全土にひび割れが起こった。


 ヘタしたらこの空間ごと崩壊するかも知れない。それでもそのまま刀を振り下ろし、更に亀裂に深手を負わせた。


 空間に行き渡ったヒビは更に密度を増し、何らかの破片が雨のように振り注ぐ。


 そんな只中で俺は亀裂に両手を突っ込んでいた。


「こんなところッ出てってやる!」


 持ちうる限りの力で亀裂をこじ開け、人一人が通れるだけの隙間を作る。


 頭上から一際大きな破片が瓦礫のように落ちて来たが、もう関係ない。


 光の足場を蹴って前へと跳び、こじ開けた隙間から外の世界へと脱出する。


 次の瞬間、世界は俺のよく知るものに変わっていた。


「夏目!?」

「よう、獅子堂。久しぶり」


 振り返って刀を振り上げると、白い妖魔はすでに半壊状態だった。


 内側から弾けたように裂け、伸びきった触手は針金のように動かない。


 傷の再生も、停止している。ぴくりとも動かない。


 そしてその白い体にも大きな亀裂が走っていた。


「じゃあな」


 振り下ろした一撃が亀裂を穿ち、ひび割れた全身に行き渡る。


 それが崩壊を呼び、滅びを招き、白い妖魔はそのまま硝子が割れるように散った。


「やったのか?」


「あぁ、今度こそ」


 再生する様子はない。


「この目が原因か」


 あらゆるものに見えていた亀裂。俺にしか見えない罅。


 それを壊せば諸共崩壊する。


 そういう仕組みみたいだ。


「今度こそ、リベンジ完了だ」


 後に俺は知ることになる。


 この目が魔眼であること。


 妖精眼、グラムサイトであることを。

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目を負傷したらバグって魔眼が開眼した上に、それを120%使いこなせる天賦の才が眠っていた件 黒井カラス @karasukuroi96

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