第8話 新たな任務

 その任務は、偶然のように与えられた。


 街外縁部。

 防壁点検区域。

 通信異常の可能性あり。


 討伐対象――不明。

 読書家反応――微弱。


 シアンは、任務端末を閉じた。


 条件は、すべて整っている。

 単独行動。

 裁量権あり。

 帰還時刻――未指定。


 魔法少女としては、理想的な任務だった。


 街を出るゲートは、音もなく開いた。


 外の空気は、乾いている。

 風はあったが、どこから吹いているのか分からなかった。

 埃と、錆と、それから――静けさ。


 廃墟。


 教えられてきた通りの景色だ。


 崩れた建物。

 機能を失った道路。

 人の気配は、ない。


 シアンは歩く。


 呪文は、まだ唱えられる。

 完全ではないが、使えなくなったわけでもない。


 白点は、少しずつ近づいていた。


 その途中で、彼女は一冊の本を見つける。


 落ちていたわけではない。

 隠されてもいない。


 ただ、そこに置かれていた。


 ページは閉じられている。


 シアンは、拾わなかった。


 以前なら、迷うことなく拾い上げ、すぐさま封印袋に入れていただろう。

 しかし、そうしなかった。


 代わりに、位置情報だけを端末に残す。


 記録。

 それだけ。


 やがて、遠くに明かりが見えた。


 街の灯りとは違う。

 規則性のない、小さな光。


 誰かが、何かを、続けている光。


 通信端末が、微かに震える。


『状況報告を』


 管理局からの定型文。


 シアンは、返信欄を開く。


 そこに表示されるのは、いつもの引用文。

 短く、断定的な言葉。


 彼女は、しばらくそれを見つめてから――

 一文字も入力せず、通信を切った。


 代わりに、独り言のように呟く。


「……調査を続行する」


 それは、呪文ではなかった。

 報告でもなかった。

 ただの、彼女の言葉だった。


 返答がないことに、端末は何の警告も出さなかった。


 光の方向へ、歩き出す。


 背後で、街のゲートが閉じる音がした。楽園は、まだ存在している。

 秩序も、崩れていない。


 だが、その外側で、一つの問いが、今も誰かに読まれている。


 シアンは、

 魔法少女のまま、

 それでも確かに――

 管理の外へと、向かっていった。



(了)

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暗黒街の魔法少女 にとはるいち @nitoharuichi

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