第7話 監視下にあるという状態


 最初に分かったのは、**数**だった。


 多い。


 多すぎる。


 家を出た瞬間、視線が重なった。

 正確には、視線“らしきもの”。


 通行人に紛れた人影。

 反射する窓の向こう。

 屋上の縁。

 少し遅れて動く車。


 数えようとして、やめた。

 意味がない。


 ――最低、十人。


 それだけは、はっきりしていた。


---


 彼らは、何もしてこない。


 声もかけない。

 距離も詰めない。


 ただ、**常に見ている**。


 警察の尾行とは、質が違った。

 人間の気配が薄い。


 表情がない。

 感情がない。


 追っているというより、

 **配置されている**。


 その日の夜、ニュースで知った。


> 「FBIが情報共有のため来日」

> 「異常事象への国際的対応」


 名前は出ていない。

 それでも、分かった。


 ――俺だ。


---


 眠れなかった。


 目を閉じても、

 視線が消えない。


 天井を見ていると、

 そこにも“ある気”がした。


 トイレに行っても、

 シャワーを浴びても、

 ベランダに出ても。


 **一人になれない。**


 それは、拷問だった。


---


 ある瞬間、ふと気づいた。


 今、一般人がいない。


 警戒線。

 暗黙の隔離。


 駅も、通りも、

 微妙に人が避けられている。


 残っているのは、

 ――監視者だけ。


 心臓が、早鐘を打った。


 頭の中で、

 今までの出来事が、一本につながる。


 追う者。

 制服。

 役割。

 記号。


 そして――**川**。


---


 ネットで探した。


 「漢字 Tシャツ 川」


 冗談みたいな商品が、

 いくつも出てきた。


 デザイン。

 サイズ。

 レビュー。


 指が、勝手に動く。


 購入。


 発送通知。


 この数日が、

 やけに長く感じられた。


---


 届いたTシャツを、広げる。


 白地いっぱいに、

 無数の「川」。


 整然としている。

 でも、どこか不気味だ。


 これを着たら、

 どうなるか。


 考えないようにしてきた答えが、

 自然と浮かぶ。


 ――見られた瞬間だ。


 視線が重なった瞬間。


---


 決行したのは、

 早朝だった。


 人通りがない。

 それでも、視線はある。


 彼らは、逃げない。

 離れない。


 だからこそ、

 逃げ場はない。


 部屋でTシャツに着替え、

 上着を羽織る。


 ドアノブに手をかけ、

 一度だけ、深呼吸した。


 ――やめろ。

 ――引き返せ。


 でも、もう無理だった。


 このまま見られ続ける方が、

 怖かった。


---


 外に出る。


 十数メートル先に、

 気配が動く。


 屋上。

 道路。

 車内。


 上着のファスナーに、

 指をかける。


 一瞬の躊躇。


 そして。


 **一気に、開いた。**


---


 世界が、止まった。


 正確には、

 **人が止まった。**


 前方の男が、膝をつく。

 横の影が、壁にもたれる。

 屋上の人影が、崩れる。


 音が、連鎖する。


 倒れる音。

 硬い地面に打ち付ける音。


 悲鳴は、ない。


 ただ、

 **同時だった。**


 数秒の沈黙。


 風の音だけが、

 異様に大きい。


---


 立っているのは、

 僕だけだった。


 息が、できない。


 ――成功、した?


 そんな言葉、

 使いたくなかった。


 だって、

 勝った感じはしなかった。


 ただ、

 **壊れた**感じがした。


---


 誰かが、遅れて動いた。


 視線を逸らしていた者。

 背を向けていた者。


 無線が、乱れる。


「対象――」

「全員――」

「倒れて――」


 言葉にならない声。


 世界が、完全に混乱した。


---


 僕は、その場に座り込んだ。


 もう、逃げる気力はなかった。


 見られることも、

 追われることも、

 終わらせたかった。


 それだけだった。


 思想なんて、ない。

 主張も、要求もない。


 ただ。


 **これ以上、見ないでほしかった。**


---


 遠くで、

 サイレンが鳴り始める。


 でも、近づいてこない。


 近づけない。


 Tシャツの「川」が、

 朝日に照らされている。


 それを見ながら、

 初めて、はっきり思った。


 ――もう、戻れない。


 疑われた大学生でも、

 現象の中心でもない。


 **人が近づけない存在**になってしまった。


 それが、

 どれほど恐ろしいことか。


 今さら、

 考えるしかなかった。


---



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

川を書くと人が気絶する——疑われた僕は令和のテロリストと呼ばれた @TK83473206 @kouki1026

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画