第6話 令和のテロリスト


 最初にその言葉を見たのは、匿名掲示板だった。


「これ、もうテロだろ」


 短い書き込み。

 冗談みたいな文体。


 僕は、最初は笑おうとした。

 笑えるはずだと思った。


 でも、次のレスが続いた。


「いや、殺してない」

「殺さないのが逆に怖い」

「警察だけ狙ってるの、思想感じる」


 ――思想?


 スマホを握る手に、力が入る。


---


 その日の夜、SNSのトレンドに妙な言葉が並び始めた。


【警察気絶現象】

【制服だけ倒れる】

【新しいテロの形】


 ニュースサイトも、慎重な言葉を選びながら記事を出す。


> 「犯人像は依然不明」

> 「要求・声明などは一切なし」

> 「被害は気絶のみ、死者ゼロ」


 それでも、コメント欄は違った。


「一番スマートなテロ」

「国家にだけ効くの草」

「これが令和か」


 軽さが、何より怖かった。


---


 誰かが、まとめ動画を上げた。


 タイトルは、こうだ。


> **『殺さないのに社会を揺らす存在——令和のテロリスト』**


 再生数は、伸びていた。


 動画の中で、淡々と語られる。


「従来のテロは、命を奪うことで恐怖を与えてきました」

「しかし今回のケースは違う」


 図解。

 年表。

 制服姿の警察官が倒れるイラスト。


「殺さない」

「無差別ではない」

「要求がない」


 それらが、**特徴**として整理されていく。


 僕は、画面を閉じた。


 胃の奥が、ひどく重かった。


---


 神谷玲は、まだその言葉を使っていなかった。


 だが、配信の空気は、確実に変わっていた。


「最近、“テロ”という言葉が飛び交っていますね」


 彼女は、少し困ったように笑う。


「私は、強い言葉は好きじゃありません」


 チャット欄が流れる。


「でも実態じゃん」

「国家機能止めてるし」

「テロでしょ」


「うーん……」


 彼女は、間を置いた。


「もし仮に、誰かが意図的にやっているとして」


 僕の心臓が、嫌な音を立てる。


「その人は、

 “一番リスクの高い方法”を選んでいますよね」


 コメントが、ざわつく。


「殺せば、分かりやすい」

「でも、それはしていない」


 彼女は、静かに続けた。


「気絶させる、という不確実で危険な方法を、

 あえて選び続けている」


 それは、

 賞賛にも、批判にも聞こえた。


「合理的ではありません。

 だからこそ……」


 一拍。


「人は、そこに“意味”を探してしまう」


---


 ネットは、その意味を勝手に作り始めた。


「殺さない=メッセージ」

「国家への皮肉」

「暴力を使わない抵抗」


 僕は、息ができなくなった。


 違う。

 全部、違う。


 そんなこと、考えたこともない。


 生きたかっただけだ。

 追われたくなかっただけだ。


 それだけなのに。


---


 警察の会見は、歯切れが悪かった。


「テロという表現は、適切ではありません」


 それだけ言って、

 それ以上、否定しなかった。


 その沈黙が、

 肯定として受け取られていく。


---


 部屋の中で、僕は膝を抱えた。


 名前が、与えられた。


 僕が選んだわけじゃない。

 名乗ったわけでもない。


 でも、もう消えない。


 **令和のテロリスト。**


 殺していないのに。

 誰かを守ろうともしていないのに。


 ただ、逃げただけなのに。


---


 スマホに、新しい通知が来る。


「次は誰が対象だと思う?」

「一般人にも来るかな」

「模倣犯出そう」


 喉が、ひくりと鳴った。


 ――次?


 そんなもの、

 考えたこともない。


 考えたくもない。


 でも、世界はもう、

 **次**を待っている。


---


 机の上に、スタンプがある。


 それはもう、

 護身具でも、偶然でもない。


 社会の側が、

 **役割**を与えてしまった。


 僕は、何も言っていない。

 何も主張していない。


 それなのに。


 沈黙が、

 思想として扱われる世界に、

 足を踏み入れてしまった。


 逃げ場は、

 もう、どこにもなかった。


---


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