後編 決定機

 試合は結局、瀬尾東中が1-2で負けた。

 後半に相手チームがビルドアップを修正してきて、立て続けにカウンターを決められたのだ。


 正直、良く覚えていない。

 試合が終わって、私は「気分が悪くなった」と言って、一人で先に帰ってしまった。

 気分が悪かったのは本当だ。

 志織にも航にも、こんな私を見られたくなかった。



 翌日になって。

 私は何となく気まずくて、学校でも志織と航をなるべく避けて過ごしてしまっていた。

 航は「おいひなた、お前大丈夫かよ」って声をかけてくれたけど……「別に」ってそっけなく返してしまった。

 本当に、馬鹿。

 航だって試合に負けてショックなはずなのに……それでも私のことを心配してくれたのだ。そんな航の優しさをも、私は拒絶してしまった。


 志織ともほとんど話さなかった。いつもと比べれば不自然なくらいに。

 でも、志織もどこか今日は私を避けているような気がした。

 気のせい……じゃないと思う。

 だって昨日、航は志織に告白しているはずなのだ。試合には負けてしまったけど、航がゴールを決めたことは事実なんだから。



「ひなた、今、いい?」


 放課後の教室で、志織から声をかけられた。


「……何?」


 平静を装って、私は振り向く。

 嫌だ、と私は思っている。

 その先は言わないで――

 この期に及んで、そんな風に願ってる。どうしようもない。


「私ね。昨日……航から、告白されちゃったの」


 やっぱり――そうなんだ。そうなったんだ。

 私は今、どんな顔をしているんだろう。


「そ、そ、そうなの……。お、驚いたな。私……」

 

 嘘だ。


 とっくに気が付いてた。航が志織のことを好きだって。

 だって私が一番、航のことを見ていたから。

 どうして私じゃないんだ、って思った。私の方が先に航を好きだった。航の見ている世界を理解したくて、サッカーの勉強もした。サッカーに打ち込む航のことを心から応援してた。航にも志織にも、誰に対しても恥ずかしくないように、優しい人間であろうと努めてきた。でも。


 志織は本当に良い子だ。優しくて可愛くて、明るく前向きで。

 航が志織のことを好きになってしまうことに、何の疑問もない。私さえいなければ。


「……おめでとう」


 って、私は辛うじてそれだけ言った。

 嘘じゃない。本当の気持ち。航と志織、間違いなんてありえないくらいにお似合いの二人。


 昨日までの私だったら、諦めきれなかったかもしれない。

 でも、私はもう知ってしまっている。本当の私。優しくなんてない私のことを。

 あのシュートの瞬間に「外れろ」なんて少しでも思ってしまった私には、航の恋人になる資格なんてない。

 私はきっと心のどこかで航のことを、航がサッカーに懸ける思いを軽くみていたんだ。

 現に、志織は航のゴールを心から喜んでいた。

 私じゃない。

 志織こそ、航の告白を受けるに相応しい。


「違うの」


 と志織は言った。


「私……航に告白されて、正直に言って、嬉しかった。でも……ひなたのことがちらついて」

「ちょ、ちょっと、私と航は何でもないって」


 嫌だ。

 嫌だ、何なの、何を言おうとしているの。

 やめて、志織。

 私は――同情なんてされたいんじゃないのに。


「昨日の試合の後、ひなたは体調が悪くなったって言ってたよね。私……すごいと思った。試合に負けちゃったのは悲しかったけど、でも、勝負だから仕方がないかって、私は心のどこかで思ってた。その後、航に告白されて……そのことで舞い上がって、試合のことなんて忘れちゃってた。でも、ひなたは違った。瀬尾東中が負けたことを、体調が悪くなるくらい本気で悔しがって、私よりずっと航の気持ちをわかってた。それで私は……そんな風には航のことを思えてなかったんだ、って……気付いたの、それで」


 何を言っているの、志織。

 違う、違うの。

 そんなんじゃない。

 私は、私は……そんなんじゃないのに。


「だから私……航の告白は、断った。私には、航と付き合う資格がないって思ったから」

「……志織は……航のことが、好きじゃないの」

「……良いの。航の隣にいるべきなのは、私じゃない。それに、航とも話して、やっと聞けたんだ……航の本当の気持ちを。さあ航、出てきて」


 嘘でしょう、と私は思う。

 航が、廊下から教室に入って来た。

 ずっと、私たちの会話を聞いていたんだ。


「ひなた、俺――」


 航が、たどたどしくも、芯の通った声で言い始める。

 やめて。

 その声が好きだった。その直向きさが大好きだった。でも、私は。


「俺、お前のことが――」


 航。

 志織。

 私、二人が思っているような立派な子じゃないの。


「お前のことが、好きだ」


 どうしよう。

 どうしよう。どうしよう。どうして、こんなことになっちゃったんだろう。

 私には、そんな資格はないのに。志織の勘違いなのに。

 航は志織と幸せになったら良いのに。

 私、私は……。


 私は……何て、卑怯な人間なんだろう。

 心のどこかで、決定機だ、って思ってる。

 この瞬間が、私にとっての。

 きっとここを逃したら一生後悔するっていうくらいの。


「……ありがとう、航。それに、志織も」


 多分私は、目に涙を浮かべていたんだろう。

 航の顔も、志織の顔も、ぐちゃぐちゃに歪んでろくに見えていなかった。


「おめでとう、二人とも」


 って、志織が言った。

 私は涙を止められないまま、へつらうような笑みを浮かべていた。(了)

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幼馴染が「次の試合でゴールを決めたらあの子に告白する」って言っていた(カクヨムコン11お題フェス「祝い」) D野佐浦錠 @dinosaur_joe

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