第4話「一世帯一袋の定義」
【場所】
郊外のスーパー。
午後四時四十分。
特売終了まで、あと五分。
【状況】
米売り場。
5キロ・コシヒカリ特売。
張り紙。
《本日限り:1世帯(ご家族)1袋まで》
床に列表示はない。
それでも、十数人が自然に並んでいる。
小学校低学年の子どもが、一人で列に並ぶ。
5キロの米を抱え、レジへ向かう。
店員は止めない。
誰も声を出さない。
数分後。
再び米売り場。
先ほどの子どもが、今度は母親と一緒に列の最後尾に立つ。
当然の顔。
何事もなかったかのように。
列の後方にいた中年男性が、一歩前に出る。
中年男性
すみません。
(母親を見る)
あなた、
さっきお子さんに
お米、買わせてましたよね。
母親
……それが何ですか。
中年男性
ここ、
一世帯一袋って書いてあります。
もう一回並ぶのは、
ダメじゃないですか。
周囲がざわつく。
母親
この子、
親戚の子です。
一瞬の沈黙。
母親
同じ家族じゃありません。
視線が泳ぐ。
誰も確証を持たない。
別の客
……分からないよね。
別の客
店員さんが決めることじゃない?
中年男性は口を閉ざすが、
引かない。
少し離れた場所から、
佐伯ミナが歩み寄る。
スーツ姿。
買い物カゴは空。
列の外側。
誰の味方にもならない位置。
佐伯ミナ
失礼します。
佐伯ミナ
今の話、
事実だけ確認します。
佐伯ミナ
・このお子さんは、
先ほど一袋購入した
・今、同じ売り場に
同じ大人と一緒にいる
ここまでは、
皆さん一致していますね。
佐伯ミナ
問題は、
「親戚かどうか」ではありません。
佐伯ミナ
この張り紙の
**「一世帯」**という言葉です。
佐伯ミナ
日本の小売では、
「一世帯」は
同行している購入グループとして
扱われることが多い。
同じ戸籍か、
同じ財布かは、
ここでは確認できません。
佐伯ミナ
だからこそ、
一緒に来ているかどうかで
判断されます。
母親
でも、それは決まりじゃ——
佐伯ミナ
はい。
法律ではありません。
佐伯ミナ
でも、
ここは裁判所ではない。
佐伯ミナ
ここはスーパーです。
この場の公平性は、
店と、
それを利用する人の
共通理解で守られています。
佐伯ミナ
今ここで
二袋目を認めると、
列に並んでいる全員が
同じことをしても
止められなくなります。
沈黙。
子ども
……ママ。
怒られたの?
母親の表情が、
一瞬、固まる。
母親
……。
視線を伏せ、
子どもの手を引く。
母親
帰るよ。
そそくさと列を離れる母子。
誰も追わない。
列が、静かに前へ進む。
中年男性
(小さく)
助かりました。
佐伯ミナ
いいえ。
佐伯ミナ
誰が悪いかを
決めただけでは、
また同じことが起きます。
ミナは列に並ばない。
そのまま、米売り場を去る。
ナレーション
佐伯ミナは、
私生活では、
他人の選択に干渉しない。
線を引かないことで、
距離を保つ生き方を選んでいる。
けれど、
それは「無関係」でいられる場合に限られる。
彼女が見ていたのは、
善悪ではない。
嘘か、本当かでもない。
自分も日常的に利用する場所で、
共有されたはずのルールが、
静かに崩れていく兆し。
次は、
自分が
説明を求められる側になるかもしれない。
待たされる側、
譲る側、
納得を強いられる側に。
だから彼女は、
動いた。
それは介入ではない。
そういう判断だった。
コミュニケーション許可局 番外編|日常是正録 53歳おっさんテケナー @52saiossanTekenaa
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