再会

「おれでよかっただろ!……実際、おれがなんだから!」

 藤橋はおれに手をあてて項垂れたまま絶叫した。


 ああ、藤橋、それじゃあだめだろう? おまえには家族がいる。長い休みには親の実家でいとこたちに会うっていってたじゃないか。彼らみんなをおいて、こんなところにこようっていうのか?

 そんなの、だめに決まってるだろう。おれみたいに、死に愛されたやつがこの役をやるべきなんだ。


「なんで、なんであいつらなんか放っておかなかったんだ! なんでこんな方法を思いついたんだ!」


 おまえのためになることをしたかったんだよ。こんなおれと、仲良くしてくれたから。好きなんだよ、藤橋、おまえのことがどうしようもなく好きなんだ。


「なあ。おれが、告白してたら……おまえは、そばにいてくれた? こんな無茶、させないで済んだ?」


 もうない体の中で、もうない心臓が震えた感じがした。

 どうだろう、おれはあのとき、これしか方法が思いつかなかったんだ。でももしかしたら、おまえに応えることを優先したかもしれないね。おれも、おまえが大好きだから。おまえに一人だと感じさせること──いや、おまえに見えなくなっちゃうことは、ちょっと寂しかったから。

 今もちょっと寂しいんだよ、こんなに近くにいるのに、話ができない、気づいてももらえない、こんなまったく違う存在になっちゃったことは。


「なんでこんなもの寄越した?」


 渡すつもりなんかなかったよ、だって恥ずかしいだろ。でも笑ってほしくて、我慢できなくなったんだ。笑ってくれって、伝えたかったんだよ。


 藤橋はしばらく泣いて、帰っていった。

 藤橋、おれはずっとおまえを見てるよ。

 藤橋、好きだよ。大好きだ。愛してる。



 藤橋の入社式を見てきた。彼はやっぱり、どこか悲しそうな顔で笑っていた。

 おれはその顔を、両手の親指と人差し指でつくった長方形の中に収めた。


 入社おめでとう、藤橋。

 そこはきっと、いい会社だよ。



 入社から十年も経つと、いろいろなことがあった。素直な後輩に出会ったり、芯のある後輩に出会ったりというのはもちろん、部署が変わったり、いくつか失敗したりもしていた。藤橋はそのたび、報告にきた。おれはそのたび、知ってるよって応えた。おれはずっと、おまえを見てるんだから。



 そして入社から十年も経つと、おれがばかな衝動に任せてにきてからは十六年近く経ったことになる。藤橋は一度としておれの見たい顔で笑ってくれないまま、恋の気配を感じさせた。彼が誰かを好いているというより、彼を好いている者が現れたという感じだ。

 藤橋は相手にまるで興味を示さず、むしろ困っているようだが、おれはその人をいいひとだと思う。


 こういうときに限って、藤橋はおれのところにこない。そんな疲れた顔をするなら愚痴をこぼしにくればいいのに。

 といっても、おれはだいたい藤橋のそばにいる。

 だから耳元で囁いてやる。「いい人そうだけど?」

 すると彼の心は揺らぐ。ちょっとだけ相手が魅力的に見えたりする。でもそのたびその感覚にふたをする。


 おれはまた囁く。「なんで嫌なのさ?」

 おれの問いはそのまま藤橋の中で自問となる。


 だめだ、おれにはあいつが──。


 おれは笑いそうになった。おれの愛しい人はなんて一途なことだろう!


「あの人といれば、おまえ、ちょっとはあのころみたいに笑えるんじゃない? おれの好きな、綺麗な顔で。おれはそういうおまえを見ていたいよ」



 そうして時間をかけて藤橋の心に変化をつくり出していくと、藤橋はついに相手の好意を受け入れた。うんざりするほど、複雑な顔で。それでも、相手は喜んでいた。それに釣られるみたいに、藤橋も小さく笑った。


 その顔がほんの少しだけ、あのころの笑い方に似ていたから、おれはそれを指でつくったカメラに収めた。


 おめでとう、藤橋。

 彼はいい人だよ、おれが保証しよう。



 藤橋はひどく長い時間を、うんざりするほど長い時間をかけて相手と距離を縮め、ある日ようやく、くちびるをふれ合わせた。

 おれは少しもやもやとしながら、その様子を見守った。


 おめでとう、藤橋。

 ファーストキスってやつか、それ。

 ふうん……。



 ある夜、ふたりはカーテンが開いた寝室に入ってきた。しばらくしてから、半裸の男が慌てたようにカーテンを閉めた。


 おめでとう、藤橋。

 うん、なにも見てないが、おめでとう。



 ある夜、おれが藤橋との縁を結んでやった男は、藤橋に小さな袋を渡した。藤橋は中から小さな箱を取り出して嬉しそうにして、その中身を指にはめてまた嬉しそうにした。


 おめでとう、藤橋。



 あーあ、喧嘩か?──よかったね藤橋、仲直りできたな。

 へえ、おまえ今日が誕生日なのか。──おめでとう、藤橋。四十歳か。

 おお、年が明けたな。──おめでとう、藤橋。彼と楽しく過ごせよ。

 へえ、今日は彼の誕生日か。──あまり興味ないけど、おめでとう。

 ああ、今日は指輪をもらった日か。──付き合いはじめてからは五年か、おめでとう。


 ははっ、また喧嘩か?──おめでとう。

 覚えてるよ、今日はおまえの誕生日だ。──おめでとう、藤橋。四十八歳だな。

 おお、昇格するのか!──おめでとう!

 今年は忙しい年だったな。おっ、日付が変わるぞ。──おめでとう、藤橋、今年も元気に過ごせよ。

 ああ、指輪もらった日ね。続くね、その男と。


 今日はおまえの誕生日だな!──おめでとう藤橋、還暦じゃないか!


 今日はおまえの誕生日だな。──古希か、おめでとう。おれがこっちにきてから、半世紀以上が経ったのか。ちょっと、寂しいな。


 今日はおまえの誕生日か。──喜寿か。おめでとう。おれも、おまえのそばにいたかったな。


 誕生日だな。おめでとう藤橋、九十歳は卒寿っていうんだってさ。





 おはよう、藤橋。

 藤橋?……藤橋、どうした?


 ああ、そういうことか。

 ──ははっ、おめでとう、藤橋。






「久しぶり」


 もうない体の中、もうない心臓が、震えた。

 振り返れば、藤橋があのころの姿で、立っていた。




 ああ! ああやっと、やっと!──



 おれはゆっくりと、一歩づつ、藤橋へ近づいた。


 両腕を持ち上げ、両手の指を彼に伸ばした。


 

 そして──











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罪の祝福 白菊 @white-chrysanthemum

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