第3話 半端者の瞳

 「……で。

  どうすんだよ。どこに行くんだ?」


 クロウは、むしゃくしゃしながら尋ねた。


「フッフッフーー♡

 焦らない、焦らない。

 とりあえず休もうか」


 そう言うとリズは、

 常降北部――翠嶺の麓にある宿へ、迷いなく入っていった。


 自分の金じゃない。

 それだけが、まだ許せる理由だった。


 ……いや、違う。

 問題は、なぜ宿なのかだ。


 ちなみに。

 もちろん、部屋は別だった。


「じゃ、また明日ね〜♡

 ちゃおん」


 部屋の扉が閉まりかけた、その瞬間。


 クロウは勢いよく、

 ブーツを扉の隙間に突っ込んだ。


「おい!!

 とんずらする気じゃねぇだろうな!」


 改めて、クロウはリズを睨み据える。


 ――猛獣のような瞳。


 初めて、ちゃんと彼女の顔を見た気がした。


 淡い桃色の髪は、少しぼさぼさ。

 顔立ちは、良くも悪くもない。

 どこにでもいそうな、普通の顔。


 印象の大半は、髪に持っていかれている。


 年は……十八くらいか。

 自分と同じくらい。


 同い年だからといって、

 この態度で見下されるのは、我慢ならなかった。


 ――これでも俺は、十八年。


 死に物狂いで、

 この常降の残酷な環境を生き抜いてきた自負がある。


 馬鹿にされる覚えはない。


 リズも、しばらくクロウを見つめ返していた。


「…………」


 そして、ぽつりと。


「……あんたの瞳。

 ……綺麗」


 クロウの心臓が、嫌な音を立てる。


「……琥珀の宝石みたい。

 あんまり、好きじゃない色だけど」


「……?!」


 不覚にも、

 クロウはブーツを引っ込めてしまった。


 一番、言われたくない言葉だった。


 ――半端者。


 そう言われたのと、同じだ。


 その一言は刃のように、

 クロウの一番深いところを、正確に抉った。


 その反応を見て、

 リズは少しだけ扉を開け、不思議そうに首を傾げる。


「……あんた。

 半人半神でしょ、嫌なんだ?」


 テラコッタ色の瞳が、近づく。


 クロウは反射的に、一歩後ずさった。


「……んなこと!

 お前に関係ねぇだろ!!」


 リズは、ニヤリと笑った。


 ――あ、これはダメだ。


 そう直感して、

 クロウはそれ以上何も言わず、

 早足で廊下を歩き出した。


「明日は、少しゆっくり出発するからね〜♡

 ゆっくり休んでねー!」


 背中に投げられる、

 やけに明るい声。


 「…あ……クロウ!」


 そういえば初めて名前を呼ばれた。

 クロウはイヤイヤに振り返る。


 「明日はね、翠嶺に行くから。

  しっかり身体綺麗にしておいてね〜」


 リズは言いたい事だけ言って、バタンと扉を閉めた。


 部屋に戻ると、

 身体がいつもの倍は重かった。


 こんなことなら、

 自分の伝手で神の品を売り捌いた方が、

 ずっとマシだったかもしれない。


 それに――

 明日の朝、リズがいなかったら。


 一千万ギルは、すべて水の泡だ。


 明日は翠嶺に行くと言っていた。

 言わずと知れた、常降の上流が集まる街だ。

 

 少しは今日よりまともな買主だろうか…


 いや。

 そもそも、

 今日より“まともな買主”なんて、いるはずがない。

 あの下品なリズの客だ。

 金持ちだろうとろくでなしに決まっている。


 自分はもう、

 引き返せないところまで来てしまった。


 そもそも、なぜ自分が半人半神だと分かったのか。


 ――いや、分かるか。


 あれだけ青い顔で、

 祈壇区へ続く階段を歩き、

 両腕には、明らかに転売用の品々。


 “カモ”。


 その言葉が、頭に浮かんだ。


 そうか。

 リズは、よくやるのだ。


 ああやって、

 俺みたいな落ちこぼれを待ち伏せし、

 おこぼれを頂戴する。


 ハイエナみたいに生きる女。


 リズも半神なのだろうか。

 ……どうでもいい。


 どちらにしても、

 落ちこぼれに違いはない。


「……はぁ」


 リズという女に、

 出会ってしまったせいで、

 人生すら歪んだ気がする。


 大きすぎる溜息を、

 クロウはその夜、何度も漏らしながら――

 重たい身体を休めるように、眠りに落ちた。


 リズと出会って、一日目。


 それは、

 長すぎる旅の始まりだった。


──────────────────

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黒羽 −常世外伝譚− 常世の灰溜で 福山 蓮 @ren_codex

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