第2話 灰溜の女

 リズの発言は、嘘じゃなかった。


 残りの陶器も、剣も、

 信じられない額で、次々と捌けていく。


 金が動く音。

 紙幣が重なり、袋に落ちる感触。


 ――これは、俺の知っている世界じゃない。


 常降西の繁華街、その地下。

 灰溜。


 集まる連中が堅気でないことくらい、分かっていた。

 だが、コミュニティを持たない自分には、

 踏み込み方も、逃げ方も分からなかった。


 入れば、逃げられない。

 そんな恐れが、ずっとあった。


 ――だが。


 生の金を受け取ってしまえば、

 そんな考えは、簡単にどうでもよくなる。


「いい品、手に入ってよかったねぇ〜。

 またよろしくね〜?」


「ああ、リズ。

 お前、またいいカモ見つけたのか。

 いつでも持ってこい」


 ガラの悪い男が、気安く声をかける。


 ――カモ。


 胸の奥が、一瞬ざらついた。


 だが、自分はカモにされるほど、

 馬鹿でも、お人好しでもない。


 その気配を感じた瞬間、

 この女だって切って逃げる。


 今回の儲けは、完全に俺の勝利だ。


「……にしても」


 男が、まじまじとクロウの顔を見る。


「……なんだよ。

 次は一月後だ。文句あんのか?」


 男はしばらく黙り込み、


「金になりそうだな……」


「は?」


 リズが、いやらしく笑う。


「分かる……」


「あんた、やたらと良い顔してるな」


「……!?」


 クロウにとって、それは褒め言葉じゃない。


 美神の父。

 娼婦の母。


 一夜限りの関係から生まれた、自分。


 母はいまだに父のことを夢のように語る。

 それが、気持ち悪かった。


 その結果、生まれたのが――

 どこにも馴染めない、半端者だ。


 母は「神の子だから」と、幼い自分に縋りついた。

 金。甘え。生活。


 嫌気が差して父を探し黄昏都へ行けば、

 神気は半端な自分を拒んだ。


 幼い頃の自分は、

 神の敷居を跨ぐことすら許されなかった。


 この顔は、

 そんな不出来な自分の象徴だ。


 誰かに評価されることが、

 たまらなく苦痛だった。


「……別に。

 目と鼻と口があるだけだろ」


 二人が、一瞬だけ目を丸くする。


「ハッハッハッ!!

 宝の持ち腐れってやつか!」


「……ふふ。

 バカなの。この子……」


 苛立ち、クロウは踵を返した。


 すぐに、リズが追いつく。


「……ね?」


 覗き込むように微笑む。


「私が言った値打ち。

 嘘じゃなかったでしょ?」


「ここは想定内だ。

 問題は……絵画だろ?」


 胸の高鳴りは、抑えきれなかった。


 ✦ ✦ ✦


 灰溜を後にすると、

 リズは迷いなく紗灯通りへ向かった。


 人の流れが変わる。

 服の質が変わる。

 歩く速度まで、違ってくる。


 そして、一軒の店の前で足を止めた。


 ――ミルネ舎。


 常世でも名の知れた老舗だ。

 仕立ての良さと値段だけは、誰もが知っている。


 自分には一生縁のない場所。

 扉の前に立っただけで、場違いだと分かる。


「……おい。

 まさか、ここか?」


「うん。ここ」


 即答だった。


 リズは何の躊躇もなく扉を押し開ける。


 鈴の音。

 静かな空気。

 すぐに、店員の視線が二人に集まった。


 一瞬だけ、

 クロウに向けられる値踏みの目。


 ――やっぱり、そうだ。


 リズは気づかないふりで歩き出し、

 次々と服を引き抜いた。


「はい、これ。

 あ、こっちも」


 クロウの身体に当て、首を傾げる。


「うーん……違う。

 線はいいけど、重い」


「おい、何が分かるって――」


「黙って立って」


 低い声。

 一瞬で、口を噤んだ。


 布を替え、

 色を替え、

 角度を変える。


 リズは、鏡越しにクロウを見た。


「……ね。

 やっぱり、顔が浮く」


「……は?」


「悪い意味じゃないよ」


 くすっと笑う。


「この街で“浮く顔”は、

 ちゃんと使えば武器になる」


 気づけば、

 四、五着が積み上がっていた。


 店員が、慎重な声で口を開く。


「……お客様。

 こちら、特注も混じっておりますが」


「いいよ。全部。

 この子が払うから。」


 迷いがない。


 そのまま、レジへ。


「合計、

 三百三十万ギルになります」


 クロウの視界が、一瞬暗くなった。


「……は?」


「はぁ!?

 そんなん、買うか!!」


 即座に、口を塞がれる。


「全部ください♡」


 にっこり。

 ――悪意のない顔。


 今日の売り上げが、消えた。


「……一千万、欲しいんでしょ?」


 耳元で、囁かれる。


 甘い声。

 だが、逃げ道を塞ぐ距離。


「……ぅ」


 にしし、と。

 下品な笑み。


 怪しい。

 どう考えても、怪しい。


 それなのに――


 鏡に映った自分を、

 リズが一度も“冗談”として見ていないことだけは、

 分かってしまった。


 決めた。


 もし、この女が嘘をついたら、

 何がなんでも三百三十万ギル奪って逃げる。


 ……まぁ。


 そんな大金を、

 この女が持ってそうにも見えないが。


「ありがとうございました」

「また来まーす♡」


 リズは、店員に向かって

 大きく手をぶんぶん振った。


 静かな店内で、

 一人だけ、浮いている。


 ――品がない。


  この服が、なぜ必要なのか。

 この時のクロウには、まだ分からない。


 ただ、静かな店内で、

 自分たちだけが明らかに浮いていることは、

 嫌というほど分かっていた。


  どうでもいい。

 どうせ、二度と来ない。


 肩を落としながら、

 クロウはミルネ舎を後にした。


──────────────────

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こちらと合わせて本編の夜姫-常世神話譚-

も合わせてお楽しみください。

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