悪魔の呪い

 マリエルは堪えていた。


 思わず漏れそうになる声を押し殺してはいたが、溢れる涙は滂沱のごとく流れ落ちていた。


 ユミル団長の一撃はひとつひとつが重たい。だが、悪魔がそれくらいで息絶えることはなかった。

 何度も。

 何度も。

 何度も斬り刻まれて、原型が無くなってしまった後も大勢の騎士たちが、悪魔の断片を叩き潰していた。


「魔導士! 跡形もなく燃してしまえ!」

「はっ!」


 ゴオオ! 極大の爆炎魔法がマリエルの目の前で放たれた。

 樹洞の中にも熱を孕んだ風が吹き込んで来た。


「っ⋯⋯っ⋯⋯」


 だが、マリエルは岩にすがりつき、ただただ、声を押し殺して泣くことしかできなかった。


「これが悪魔か。他愛もないな? しかし、マリエル王女殿下はこやつに喰われてしまったやも知れぬ。国王に報告せねばなるまい」


 いったいどちらが悪魔だと言うのか。彼は何もしていない。むしろ、マリエルを助け、自らの身を挺して彼女を守ったのだ。


「奇しくも双子の兄が妹を喰らうとは⋯⋯恐ろしいことですなぁ」


(双子の⋯⋯兄? あの子が、私の?)


 マリエルは双子の兄妹という言葉を反芻し、吟味したが、答えなど出るはずもなかった。


 消化不良な疑問を残したまま、辺りが暗くなる頃、人の声はなくなり、淡い光が岩の隙間から入ってきた。


「チック!」

『人間はいなくなったみたいだよ! それより⋯⋯』

「どうしたの、チック?」

『僕、勘違いしてたんだ! ここの精霊たちに聴いた彼は、悪魔なんかじゃなかった! 彼は⋯⋯うぅ⋯⋯』

「チック?」

『彼は君と同じ“人間”なんだ!』

「えっ!?」

『違うと言えば、彼⋯⋯あ!』


 ゴ⋯⋯ゴゴゴ⋯⋯。

 突然、大きな岩が動き、澄んだ赤い瞳がのぞき込む。そして


『も⋯⋯ダイジョブ』


 片言だが、チックと同じ念話で話しかけてきた。


「あ⋯⋯ああ!!」


 マリエルは言葉にならない声を発して、その大きな巨体に抱きついていた。


『そう、彼には“不死の呪い”がかかっているんだ』

「呪い?」

『君にもかけられているじゃないか“命削る癒しの呪い”が』

「えっ⋯⋯」

『王家の血は呪われている』

「祝福ではなかったのね? そう⋯⋯良かったわ」

『え?』

「彼が生き続ける限り、この優しい世界はどこまでも広がってゆくのだから!」


 マリエルは彼の首に腕を回して顔を寄せる。


「あなたが生きていて良かった。この世にあなたが生まれたことを、誰よりも祝福します」


 耳もとでそうつぶやいて、彼の頬に口をつけた。


『⋯⋯』


 言葉などが通じるはずもない。


 だが、言葉には言霊が宿り、言霊とは呪言であり、祝詞でもある。


 赤い瞳は長いまつげに遮られて、大粒の涙を頬に落とし、巨大な腕はマリエルを優しく抱きしめていた。


 人を想う涙が、『王家の呪い』を洗い流し、『天使と悪魔』そう呼ばれた兄妹は、この時より、ただの人間となる。

 

「お兄ちゃん!」


 ちゅ。


「これはね、兄妹再会のお祝い♪」

『キョウダイ?』


 ちゅ。


「これはね、幸せのおまじない♪」

『シアワセ?』

『マリエル、何やってんだよ! 早く行くぞ!』

「あはは、チックたらヤキモチ!」

『ヤキモチ?』

『違うから!』


 兄妹は、妖精チックに導かれて、新天地フロンティアを目指す。喪われた時間をとり戻すように。ゆっくりと。


 優しい時間を。




      ─fin─

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

祝いの天使・呪いの悪魔  かごのぼっち @dark-unknown

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画